第四話 『失われた感情』 (The lost feeling)
「ねえ、やまねこ?」
「な、、、なんだよ」
「どうすればニーナを助けられるかな?」
「どうしたんだよ、急に」
「急って何よ? オレは最初からそのつもりだったじゃない」
え? 最初から?
「ニーナはオレたち大切な友達でしょ?」
友達?
ヤマゲンの態度が急に変わった。ニーナと握手してからだ。ニーナは手を繋いだ相手とこころを通したコミュニケーションをはかる。 恐らくね。 自分ではそう感じた。実際はどうかなんて調べようないからな。
だから、ヤマゲンと握手しようとしたのは、ヤマゲンとコミュニケーションをとるためだと思った。でもこれは、コミュニケーションというよりむしろ催眠術なんじゃないのか。ヤマゲンは態度を翻して、ニーナに協力的になった。手を繋いでからだ。ニーナは手を触れた相手を催眠に掛けられる?
では、自分は催眠に掛けられているのだろうか?
わからない。
ニーナを助けることが本当に良いことなのか? 少し疑問が湧いた。
なにせ人を催眠に陥れて操るやつだ。そして、自分も操られている可能性がある。
いや、まてよ。操られているなら、操られていると自覚するのは変じゃないか? それとも、この感覚さえも催眠なのか?
わからない。
ニーナはこちらを見ていた。ためらいながら、右手をそっと出していた。ニーナ自身も、こちらが不信感を持ったことを自覚しているようだ。その碧い瞳には、不安の色が浮かんでいた。
催眠に掛けるつもりか? いや、それなら最初から掛けてるか。ニーナに聞きたいこともいっぱいあるしな。ここは手を繋ぐしか無いか。
意を決して、ニーナと手を繋いだ。
ニーナのこころがこちらのこころに入ってくるのを感じる。不安・恐怖・懺悔、様々な感情が入り混じって渦巻いていた。
これは
彼女のこころ
彼女の記憶
彼女の歴史
ほとんどのことが理解できないものだったが、感覚的になんとなくわかったような気持ちになった。怪物に家を追われ、国を追われ、星を追われ、見ず知らずのこの星に辿り着いた王女さま
( あなたの記憶を勝手に見てしまったから、これはお返し。私の記憶をあなたに見せました )
伝えたい気持ちが今度ははっきりと伝わった。
( 互いの記憶を共有したので、より伝わり安くなったみたいですね。 )
彼女はそう言って薄く笑った。
「聞きたいことがある」
( はい )
「ヤマゲンに何をした?」
( 彼女はどうしても理解してくださらなかったので、記憶をほんの少し追加させていただきました。前からの知り合いで大切な友達というイメージを書き込んでいます。彼女の記憶から、彼女の性格がわかりました。彼女は非常に友達思いなんです )
記憶を追加? 書き込む? そんなことが出来るのか。そして自分の記憶は無事なんだろうか?
( あなたには何もしていませんよ。それに、彼女にも、一部記憶を追加しただけですから、実害はないです。信じられないと思いますけど )
まあ、操ったり、記憶を書き換えたならこんなことも思いはしないか。
( 本当は、彼女の記憶をいじるなんてことはしたくありませんでした。でも、彼女はどうしても理解してくださらなかった。私は、生き延びて、そして元の世界へ戻りたい )
どうして戻りたいんだ? ニーナの居た世界はほろ・・・
( 生き残ったものの勤め、王女としての勤めです。私の国がどうなったのか確かめる責務があります。いいえ・・・違いますね。ただ私は、生き延びたいだけなのかもしれません。怖いんです。ここは私が居る場所ではありません )
きっとニーナもわかっているんだ。だって、自分が持っているこの記憶はニーナのものだから。あちらの世界はもう滅んだ。それは間違いない事実だ。それを認めることは、きっと怖いことだろう。自分も、この地球で、自分以外の人類が死んでしまったら、すごく怖いだろうと思う。そして異世界に独り放り出されたとしたら。その世界の人を信じられるだろうか。
( 彼女には申し訳ないと思っています。でも、今は邪魔されたくなかった )
邪魔って
( 変に騒がれたく無いんです。この世界がどういうものかもまだよくわかっていませんし。お二人の記憶で大体の雰囲気はわかりましたけど )
その感じ方はわかる。自分も、今、ニーナの世界のことをなんとなくわかった感じになっている。説明は難しいし、詳細はわからないけど、雰囲気って意味で。
( しばらく落ち着ける場所が欲しいです。お二人意外に私の事を伝えるつもりはありませんし、伝えて欲しくないです。そうですね、匿って欲しい。この表現が一番しっくりするでしょうか )
匿うったってなあ、犬猫じゃあるまいし、目立ちすぎる。そういう意味では、まず服装を普通にしたほうがいいんだろうな。それで多少は目立たなくなる。ってそういうことじゃなくて、どこに匿うのさ。家とか無理だし、両親居るし。
( もし、お許しいただけるなら、ご両親の記憶をほんの少しいじられてくだされば問題ないかと )
いやそれは、問題あるでしょ。大きな害は無いにしても、記憶をいじるとかやっぱり抵抗がある。他人ならまだしも、身内だしな。まあ、一番簡単な解決方法だというのもわかるけど。
どっかに部屋借りるとか無理だしなあ、そんなお金無いし。
ざっと辺を見回してみて、何かヒントは無いか探した。学校? いやいや、無理だろ。寮? ん? 寮か。ヤマゲンって寮住まいだったな。ヤマゲンの部屋にとりあえず匿うってのはどうだろうか。二人部屋だったっけ? まあ、とりあえずヤマゲンに聞いてみよう。
「ヤマゲーン」
ヤマゲンはずっとそばでこちらを見ていた。ニーナとのコミュニケーションに夢中でヤマゲンがずっとそばに居たことにまったく気づいていなかった。反射的に、自分の手を観る。
しっかりとニーナと手を繋いだままだった。慌てて手を離して、ヤマゲンの様子を窺う。
「ねえ、やまねこ。」
まだ罵声を浴びせられると身構えた。
「ふふ。やまねこは、ニーナと仲良しだね♪」
そう言って彼女は、屈託なく笑った。
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