第三話 『他人を支配する者』 (a person who controls others)

 自分は一介の高校生である。


 特に、これといった技能を持ち合わせているわけではない。


 なのに、何故、こんな事に





「で? 誰なの?」


 ヤマゲンは訝しげにニーナを見た。


 というよりも、恐らく、いや、間違いなく、ずっと手を繋いでいる我々、つまりヤマゲンの前に立っている自分とニーナの繋いでいる手を訝しんでいた。


「えっと、何王国だっけ?」


( アルカー・エクサーラおうこく )


「そそ、アルカー・エクサーラ王国の王女、ニーナ・クリーステルさんです」


「へえ~、それでオレに何のようなんだ?」


 屋上でニーナに引き止められてから、午後からの授業を諦め、これからどうしたらいいか、ヤマゲンに相談するため彼女の携帯へ、


「話したいことがある。屋上に来てくれ」


 とメールしたのだった。


 ヤマゲンは午後の一つ目の授業、4講時目が終了するとすぐに来た。ダッシュで来たのではなかろうか? なかなかいいやつじゃないか。

 

 しかし、この状況、どう説明すれば?


「えっと、この王女さんが空から降って来て、自分に衝突して、それで……」


「じゃ、次の授業があるから行くね」


「おーい!」

 

「なに? 話があるから来いって言うから来てみたら、手を繋いでいるところを見せつけたかったとか、バカなの?」


「いや、そうじゃない! 違うんだ。これには訳が」

 

 ヤマゲンが何故かすごく不機嫌になっている。こんなヤマゲンは見たことがない。いつもふざけて自分に絡んでくるのがヤマゲンだ。自分に対して、こんなにも不機嫌さを向けられるとは思っていなかった。


 そして、なんで浮気現場を見られた男みたいな扱いになってんだ?


 えーと、どう言えばいいんだ。


「なに? 朝の仕返しのつもり?」


 ヤマゲンの顔は、怒りとも悲しみとも取れる形容し難いものになっていた。


 何がどう仕返しなのか、さっぱりわからないが、ここはなんとか、機嫌を治してもらって、協力してもらわねばならない。ニーナは言った。いや、正確には云った? たぶん、そういうことを伝えてきたと思う。例のあれ、テレパシーみたいなやつ? イマイチはっきりと伝わってこないから自信が無いんだよね。まだ、自分の妄想って線は消せないし。

 

 彼女は、助けてと云った。この世界に、私は独りぼっちだと。私独りだけ、この世界に来たと。

 

「彼女は、別の世界から来て、帰る方法が分からないらしいんだ」 


「あのさあ、悪い冗談やめてくれる? オレは暇じゃないんだよ。あんたの遊びに付き合っている暇無いの」


 いつもおまえの遊びに付き合っていたんだがな。そして、これは遊びではない。


「ねえ、ニーナさん? あんたも、こんなやつに合わせなくていいんだよ?」


 ニーナはヤマゲンをじぃーっと見た後、こちらをじぃーっと見上げた。


「やまねこぉー、この子喋れないの? 外国人さんっぽいけど、日本語話せない人?」


 しばらく思案していたニーナは、こちらをもう一度見上げた。ああ、そうか。ヤマゲンが何を云っているのかわからないんだな。なるほど。わかった。通訳してやる。ヤマゲンの云っている事をニーナに伝える。心の中で。


 コクリとうなずいて、繋いでいた手を離すとヤマゲンの方に歩み寄り、さっと右手を伸ばした。まるで握手を求めるように。

 そして、また、こちらを振り返り、コクリと頷いた。ニーナがやろうとしていることは、なんとなくわかったので、サポートすることにした。ニーナもそれを求めての頷きだったのだろう。


「親愛のしるしに握手したいそうだ」


 ヤマゲンは一歩後ずさり、こちらを疑わしい眼で睨んだ。が、ニーナが微動だにせず、ずっと右手を出した状態で、するどい眼で握手を促しているのに気圧されたか、観念したように、おずおずと右手を出して握手した。


 どうなるのだろうと中端いたずらっぽく眺めていたが、二人とも握手した状態で固まってしまった。ヤマゲン視線は何処を観るでもなく、その瞳はマネキンのように生気がなく、そして時間が止まっているかのようにピクリとも動かなかった。自分もあんな状態だったんだろうか? まあ、気絶してたし関係無いか。


 どのぐらい経っただろうか。体感時間にして10分は経っただろうか。


 すまんヤマゲン、授業は遅刻だ。巻き込んでしまってすまんな。でも、巻き込んで良さそうな奴って、おまえしか思いつかなかったんだ。諦めてくれ。


 そしてようやく、ヤマゲンが動き出した。はっとして目が覚めたみたいにびくんと震えた。その後、彼女は瞬きを一つすると、カタコトでこう言った。



「オレ ニーナを助ける」

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