第七十三話:departure
数日後、観季は旅立った。
赤部の実家を訪ねるつもりらしい。赤部が居るとしたら、おそらく実家だろうという事だ。確かに、他に行くところなど無いだろうし、まず最初に考える居場所だ。だが、赤部の実家は遠かったし、一回会うだけでどうなるともわからなかった。ただ、観季の実家と近いらしく、しばらくは実家暮らしをするつもりらしい。学校はその間休むとの事。本当は学校を辞めるつもりだったそうだが、親に猛烈に反対されたらしい。そりゃあそうだろうなぁ。むしろ、しばらく学校休む事を承諾したのが意外なぐらいだ。そう云うと、観季は、ふふふと、いたずらっぽく笑った。
笑うと結構可愛い。いつも、なんか辛そうな顔しか観た事が無かったので不意をつかれた感じだ。
「なんだ。親を泣き落としたか?」
「ふふふ、そんなところです。」
意外とこの子は、したたかな奴なのかも知れない。
「ニーナさん、山根さん、たいへんお世話になりました。」
そう云って深々と頭を下げた。
「真知に会って、いっぱい話して来ます。」
その言葉には、力が宿っていた。上手くいく事を願わずにはいられなかった。本当は、一緒に付いて行ってやりたいけど、自分は何かと学校サボり過ぎてるからさすがにこれ以上授業に出ない訳にはいかなかった。それに、これは赤部と観季の問題であり、他が立ち入っていい筈がなかった。
重そうなリュックを背負い、キャリーカートを引きずって歩いて行った。バス停で見送ると云ったが、観季の希望で学校の正門前で別れた。その小さな後ろ姿を見えなくなるまで眺めていた。
「ねえ、コーイチ?」
隣で一緒に見送っていたニーナがこちらを見上げた。
「私、役に立った?」
「充分役に立っただろう。観季もなんか元気になったみたいだし。」
ニーナは首をふるふると振った。銀髪がそれに合わせてふるふると揺れた。
「そーじゃない。コーイチの役に立った?」
自分の? という意味自分を指差して確認した。ニーナは、うんうんと首を縦に振った。金髪もそれに従って揺れた。
ニーナは、この山根耕一の役に立つ為に、頑張ってたと云った。どういう事だろう。ニーナの真意は測れなかったが、役に立ったのは事実だ。
「うん。役に立った。ニーナ、ありがとう。」
そう素直に告げた。
ニーナは、すこぶる嬉しそうに破顔し、顔を真っ赤にしてくるくると廻った。そして、最後はガッツポーズを決めて気合いを入れた。
「これからもずっと、コーイチの役に立つね。nullさんには、負けないから!」
こいつもしや、nullさんに妬いてる?!
あー、そうなのか。こいつの最近のおかしな行動の裏にはそういった事情があったのね。
こいつ、もしかして、すごいヤキモチ焼きなのか?
それは、喜んでいいやら、怖がった方がいいやら……
というか、真実が尚更云いづらくなったじゃないか。
観季の件が解決とはいえないが、一応の一区切りがついてほっとしていたら、夜にヤマゲンからの電話が鳴った。
なんだよう。人がせっかくゆっくりとした時間を過ごそうという時に。そう思いながら、電話に出ると、ヤマゲンがけたたましく喚いた。
「え? なんだって? なんて言ったのかわかんねえよ!」
アイツの声のでかさに釣られてこっちもつい大声で返してしまった。
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜!! やつが来たの! やつがぁ!」
やつってなんだ?! 怪物がまた出たのか?!
「おい、ヤマゲン、お前無事か!」
「無事じゃない! 助けて! やまねこぉぉ!」
「何処だ?! 何処に居るんだおまえ!」
「寮。オレの部屋。」
「え? 寮にやつが出のか? 部屋に?!」
「そうだよ! やつがルームメイトだって! 信じられない!」
は? ルームメイト? やつが? ヤマゲンの奴、何言ってやがる。
「オレっ娘ちゃん、誰に電話してんのよ〜。わたしの歓迎会は無いの?」
ヤマゲンの電話の向こうから、金太郎の声が聴こえた。
ああ、金太郎がルームメイトになったのね。ん?
「ヤマゲン、ちょっと金太郎と代わってくれ。」
ヤマゲンは、素直に金太郎に携帯を渡した様で、すぐに金太郎ご応えてきた。
「なになに? だれだれ?」
「麗美香、おまえ、何やってんだよ?」
「ああ、なんだ、ポチか。」
「なんだとはなんだ? おまえ、家から通学してただろ? どうしたんだよ?」
「あー、朝早いから辞めた。今日から寮から通うの。すごいよ。8時半まで寝れるよ。」
8時半まで寝てたら、寮でも遅刻だ。
「やー、ちょうど部屋が空いたって聴いたからさ、即申請したよ。」
あー、美霧の寮契約解除されたからなあ。しかし、よりによってヤマゲンと金太郎がルームメイトになるとか。
「あ、まだ片付けあるから切るね。ばいば〜い。」
プツ
ツーツーツー
あいつ勝手切りやがった。
ヤマゲン、元気でな……なむぅ〜
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