第六章 朱堂アリス
第七十四話:love affair
金太郎、もとい麗美香がヤマゲンのルームメイトになって数日。意外と平穏な日々が過ぎていた。初日こそヤマゲンがこちらに文句を散々云って来たが、(そもそもなんでこっちに文句を云うのだ? )それも数日で止んだ。きっと状況に慣れたのだろう。割りと普通の表情を見せる様になった。麗美香とは仲良くなったのかと訊くと、口を噤んだ。(やっぱりまだ仲悪いのかよ。)まったくこいつら相性悪いなあ。
金太郎から呼び出しをくらった。放課後に中庭に来る様にメールが送り付けられたのだ。文面はこうだ。
(放課後 中庭 来い)
こんな端的なメールあるか。電報じゃねえんだよ。まあ、アイツらしいといえばそうなんだが。
仕方がないのでニーナには先に帰る様に伝え、中庭に向かった。ニーナはいたく不満そうだったが。きっと麗美香の要件は、この間頼んでいたユニーク枠の事だと思ったので、あまりニーナを関わらせたく無かったのだ。ニーナは率先して関わろうとするだろうから、尚の事、関わらせる訳にはいかなかった。この間みたいに大ぴらにどんどん動かれてはあまりに目立ちすぎる。この件は慎重に対応しないといけない気がするのだ。なにせ、nullさんがこっそり暗号めいた方法でこちらに伝えてきたことだ。余程の事があるに違いないのだ。
中庭に着くと、金太郎はまだ来ていなかった。周りを見渡すと、他の生徒がちらほら程度に居た。放課後すぐに帰らずまた部活もしない生徒は結構存在する。寮生がほとんどなので、寮以外に行く所など学校内ぐらいしか無いからだ。まあ、いつも通りの光景である。
ガサッ
上空で音がしたのでそちらを見上げると、何かが降って来た。何だ?! 突然の事に身体が反応できず、降って来た物体と衝突し、押し倒されてしまった。
なに? なに? 怪物じゃねーよなあ?
混乱していると、覆い被さったその物体が麗美香の顔をしていた。というか麗美香だった。
「おい。麗美香。何をしている? 」
麗美香は此方をじっとその垂れ目の黒いつぶらな瞳で見詰めていた。
「どう? 恋に落ちた? 」
意味不明の言葉を吐いた。
「おまえ、頭でも打ったか? そうか。可哀想に。」
「うーん。おかしいなあ。予想と違う。」
いったいこいつは何をどう予想していたんだろう。押し倒されたら恋に落ちるってか? まったく意味がわからない。
「冗談は置いといて、この間の話だろ? 何かわかったのか? 」
こいつと話すと話が進まないのを経験で悟っているので、さっさと本題に入った。
「冗談じゃないよ。本気だよ。」
麗美香の瞳は真剣だった。おい。ちょっと待て、お前まさか。
「本気で実験した。」
おい・・・。実験ってなんだよ。なんの実験だよ。
「ポチはなんでニーナちゃんが好きなの? 」
は? いまこいつなんと云った? なんでニーナちゃんが好き? こいつの中では、こちらがニーナを好きだって事になってるのか。
「別に、ニーナのことを・・・」
いや待て、ここで否定するとニーナの奴に伝わったときに面倒な事になりはしないか。少なくともアイツは今、こちらがプロポーズしたと誤解している。ここで好きじゃないなんて云ったらどういうことってなるよな。うん。なる。
こちらが逡巡していると黒い瞳が見透かそうとするかの様にじっと見ていた。
こほん。わざとらしく咳払いをして、話をはぐらかした。
「なんでそんな事を突然訊くんだ? 」
「んっとね。この間部屋、あ、引っ越したばかりだからね。まだ荷物が整理できてないの。男子禁制じゃなかったらポチにさせるんだけど、だめだから自分でやってるんだけど。そしたらね、例の手紙が出てきたの。」
なんかさらっと変なこと云われた様な気がしたが、例の手紙の方に気を取られたので突っ込めなかった。
「例の手紙ってなんだよ? 」
「ん? ポチ云ってたじゃん。美霧さんって人からの手紙。」
ああ、あの手紙かあ。
「って、なんでその手紙がお前の荷物整理で出てくるんだよ? ヤマゲンが持ってるもんだろうが。」
「不思議よねえ。まあ、同じ部屋だから、そういう事もあるんじゃない? 」
いや、無いだろう。そんな事は絶対に起きない。こいつ、確信犯だ。もしかして寮に入ったのだって、美霧の退去があってヤマゲンと同室になることを見越した上でやりやがったんじゃねえだろうなあ。
「でね、手紙の中身がたまたま眼に入っちゃって。」
普通、はがきならあるかもだけど、手紙の中身がたまたま眼に入る事はありえないだろう。
「で、手紙にはなんて書いてあったんだよ? 」
やっちまったもんは仕方がない。仕方がないので、手紙の中身は訊いておこう。うん。
「それはあ。」
「それは? 」
随分ともったいぶったしぐさで眼を瞑り、一呼吸を置いた後、ゆっくりと眼を開いて。
「乙女の秘密よ(はーと)。」
「おい、こら。なんだよそりゃ。」
「だってぇ。人様の色恋沙汰をペラペラしゃべる訳にはねえ。」
「色恋沙汰ってなんだ? そんな内容だったのかよ。」
「色恋沙汰。それは、男女間の恋愛のいざこざよ。」
「そういう事を訊いてんじゃねえ。」
ったく、こいつは。話が進まねえ。
「そもそも、その手紙は本物なのかよ。美霧の・・・なんだっけ? お前が云ってた自動書記とかってやつで、美霧の霊が書いたって感じなのかよ。」
そう尋ねると、麗美香は神妙な顔付きをした。
「手紙の内容が正しいかどうか。それ次第。これは誰に訊くのが一番なのか。美霧さんの事って誰がどのぐらい知ってる? 」
そういえば、美霧の事は殆ど知らない。ルームメイトのヤマゲンにしてもどのぐらい知っているだろうか。殆ど知らないのではないだろうか。そして美霧が親しくしていた人間に至っては、実際ヤマゲンぐらいしか思いつかない。他にも居たかもしれないが、まったく誰だか想像することも出来なかった。
「そうだなあ。ひと月ぐらいしか関わってないしな。実際ほとんど何も知らない。」
美霧に対して特徴的な事は、これは誰が他に知っているかもわからないが、ニーナ曰く、美霧もニーナと同じく人の心が読める能力を持っていたという事ぐらいだ。ヤマゲンは知っていたっけ。どうだったかな。
「そっか。じゃあ、なんとも云えないかなあ。ただひとつ手紙の中に書かれていた特徴的な事があって、ポチに確認出来たら良かったんだけど。」
麗美香は心底残念そうに呟いた。
「あのね、美霧さん、人の心が読めるみたいなの。」
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