第七十二話:regret

 ニーナは、一通り話し終えると、ふうっと一息付き、空を見上げた。


 空を見上げるニーナを横で、観季は嗚咽を漏らしていた。

 中央公園に3人で集まり、さっきまで、ニーナの話を聴いていたのだ。ニーナが観季を寮から半ば無理矢理に連れ出して、ここまでやって来たのだった。


 むせび泣く観季の背を、ニーナが優しく撫でていた。話したニーナより観季の方がひどいことになっている。観季は感受性が強いのか、すっかりニーナに感情移入しているようだ。


 ひっぅひっぅ


 呼吸困難な感じになりながら観季は肩を震わせ泣き続けていた。ニーナの方はというと、割りとスッキリした顔をしていた。その様子を見ていると、違和感を感じた。何かが引っかかったのだ。この様子は、まるで観季がニーナの代わりをしているように見える。


「まさか、観季、おまえ。」


 云いかけたとき、ニーナが手で制した。私に任せて、と、その碧い瞳で語っていた。


「観季さん、あなたはその能力の本当の意味がわかってないです。」

「ほんとうの、、、、いみ?」

 まだ咽びながら観季は応えた。そんな観季を優しい目でニーナは見詰めた。

「その能力は、相手と分かち合う力です。相手の代わりに成る事じゃない。あなたは相手の苦しみをすべて自分の移してしまってるけど、本当は、それは分かち合うために在る力なんです。」

「分かち合う?」

 観季は、ニーナを見上げて問うた。

「うん。私から取ったものを半分返して。辛い気持ちも私にとって大切なものなの。」

「返すって云われても、取った覚えも無いし、返す方法もわからない。」

「意識しないでやっちゃってるのね。うーん。じゃあ、訓練思い出して。ほら、私と繋がって。」


 二人は立ち上がり、向き合って共に両手をかざし合った。


「呼吸を合わせて、ゆっくり。」


 しばらくそうしていた彼女たちを、ぼんやりと眺めていた。二人の呼吸が合い始め、一体となっていく様に感じられた。気が付くと自分も同じ様に呼吸を合わせていた。そうすると、ニーナの哀しみやら苦しみやらの一部が流れ込んでくる様な、そんな気持ちになった。

「訓練してたから、私と観季さんは共感しやすくなってたのかもね。」

 そうか。観季の能力は、赤部専用という訳では無かったのだ。相手の事を思うあまり、相手の状態をそっくりそのまま自分に移してしまう。そういった能力だったのだ。それも、特に赤部に対して強い感情が合ったのだろう。そして今は、ニーナにも似たような感情を抱き始めているのかもしれない。それ故に、ニーナに共感し、ニーナの辛い気持ちを自分に移し取ってしまったのだろう。単に訓練で共感しやすくなっていたのではないと思う。


「観季さん、私にも渡して。」

 ニーナの問いかけに対して、観季は困惑していた。どうやったらいいのか本当にわからないのだ。観季は、自分が身代わりなってでも相手を助けようという気持ちが強いのだと思う。そんな彼女が、相手に痛みや苦しみを渡すなんておよそ想像出来ない事だろう。でもそんな身代わりは、赤部が話したように決して相手を幸せにはしない。

「なあ、観季。」

 勝手に口が開いた。何を云うか知っていた訳ではない。何故か自然に観季に話しかけていた。突然話しかけられた観季が驚いてこっちを観た。ニーナも何を云うつもりなのか、こちらの言葉を黙って待っていた。

「赤部の奴、自分自身の力で成し遂げたかったって云ってたぞ。それに、観季が代わりに苦しむのなんて耐えられないとも。」

 きっと、この二人の関係を思うに、赤部の奴は観季に自分の思いを伝えていないはずだ。きっと伝えれば観季を傷つけると思うはず。そうだとするならば、赤部の思いを知っている自分が伝えるしかない。そしてそれは今このタイミングの他に無いはずだ。たとえ観季を傷つけたとしても、これは伝えなければならない。そう思った。

「わたし、余計な事をしたって事?」

 観季は戦慄いた。

「別にお前を責めてる訳じゃない。勝手にそうなったんだろう。こちらが云いたいのは、身代わりになろうなんて思うなって事だ。」

「わたし、別に、そんな風には・・・・・・」

 自覚なかったのか。まあ、そうだろうなあ。こいつには分かち合うなんて無理な気がしてきた。少しでも相手に苦しみを与える様な事は出来なさそうだ。自分が苦しむ事が相手を苦しめるとか云っても、きっと相手に気づかれない様にするんだろうなあ。

「ニーナ、観季には分かち合うとか無理みたいだ。」

 そう素直に感想を述べた。ニーナはそれを聴くと、残念そうに肩を落とした。

「そういえば、ニーナ、おまえなんでマルニィの話しを観季に聴かせたんだ?」

 ニーナがマルニィの話しを観季に聴かせ始めたとき、どこかへ行ってしまった赤部への気持ちと共感するためだと思った。ただ、まだ何かあるような気がしたのだ。

「あ、そうだった。えっと。」

 ニーナは何かを思い出そうとして口に手を当てて空を見上げた。



「観季さん、赤部さんにはまだ会える可能性がある。だから、それを無駄にしないで。」

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