第七十話:the last day
私は決して、偽ってない訳ではない。でも、マルニィにはそう見えたんだろう。
今よりももっと幼い頃、人の笑顔と心の内が異なることに恐怖と嫌悪を覚えた。そのせいで、心の内では嫌な感情を持ちつつ表面上はいい顔をして接してくる人を忌み嫌う様になった。その結果、自分自身はそんな風にはなりたくないという感情が働いているのだろう。
「私は、偽ってないとは思わない。でも、もっともっと自分に正直に生きたいと思ってる。」
マルニィの言葉にそのまま賛同する訳にはいかなかった。それこそ偽りであり、マルニィの信頼に対する裏切りであるように思われた。私の言葉をじっくり噛みしめる様に聴いていた彼女は、にんまりと笑った。
「そう。それ。そういうニーナちゃんだから、好きになったし、もう放っとけないって感じ。」
マルニィは抱きついて来た。
「あ、ちょ・・・ちょっとマルニィ。」
「わたしもね、そんなに自分に正直って訳じゃないよ。でも、そう在りたいといつも思ってる。」
もっとずっと此処に居たかった。でも、帰らないといけない時間だ。
マルニィが飛ばしてあげようかと云ってくれたけど、遠慮しておいた。ちょっと怖かったのもあるし、それに、独りで来た時に登れなかったり降りられなかったりしたら困るから、今のうちに慣らしておくって云ったら彼女は頷いて承諾した。
小屋は思っていたよりかなり高い位置に在った。そこから縄梯子で降りるのは一苦労だった。地上に着く頃には掌がジンジンと痛んだが、平気なふりをした。マルニィは慣れているようで、さくさくと降りてきた。
マルニィが用意していた松明に火を灯しながら、二人で夜道を歩いた。そんな経験も初めてですごく新鮮だった。マルニィはまた城まで飛ばそうか? と訊いてきたけど、ケーキの件が頭を過ぎり、やっぱり怖いので遠慮した。変なところから落下して怪我とかしたら嫌だし、それに何よりも、きっとそんな事になったらマルニィ自身が傷ついてしまうと思った。
「あ、そういえば、今日の遅刻って、もしかして今日のこの用意とかのため?」
「あはは、まあ、そうなんだけど。あの、ほんとはね、ちゃんと間に合う予定だったの。ほら、あのケーキの事件とかあって、いろいろとバタバタしちゃって遅くなっちゃったの。」
そう云って、手を前に突き出してブンブン振りながら弁解していた。
「ありがとう。」
ほんとうに素直に言葉に出た。無意識に自動的に出たと云ってもいいかな。云った自分が気持ちよく感じた。マルニィは顔を真っ赤に染めて俯いて照れている様だった。
分かれ道に差し掛かったところで、二人とも立ち止まって向き合った。私はどんな顔をしていただろうか。きっと生まれてから一番幸せな顔をしていたのではなかろうか。マルニィはまだ顔を赤くしていた。
「じゃあ、また明日。」
二人で云い合ってそれぞれの帰宅の途に着いた。
それからというもの、私とマルニィは毎日の様にあの隠れ家で放課後を過ごした。たまに用事で私が行けないときもあれば、マルニィが来れない日もあった。マルニィが来れない日でも私は隠れ家に行って、帰る時間まで独りで過ごした。そこは私にとってすごく居心地のいい場所になっていた。
そこではよく二人で話しをした。マルニィの家系が代々能力のコントロール方法を教え伝えていく役目を担っている事や、彼女がその後を継いでいかなければならないって事。そして、彼女が本当にやりたい事は、この小屋の様な建物や家具を造るってこと。そうそう、この小屋や家具は全部マルニィの手造りと聞いて驚いた。私が話せるような事はたいしてなく、毎日の城での姫様修行の愚痴ぐらいなもので、それをあらためて自覚すると、私の人生ってつまらないんじゃないかと思い始めた。
「今日は、面白いものを持ってきたよ。」
放課後、いつもの隠れ家に一緒に入った後、マルニィは、まるい顔をにまにまさせて、テーブルの上にコップを2つ、とんっと置いた。そのコップは石で造られているようで、青っぽく綺麗な宝石のようだった。荒く削られた表面がまた味わい深かった。
「すごく古風な風情があるね。骨董品?」
彼女は応えず、ふふふと笑って瓶から飲み物をそれに注いだ。すると、常温だったその飲み物がコップの中で湯気を立てて熱くなった。
「そのコップはね、飲み物を入れると熱々にしてくれるの。お父様が旅行に行った時に買ってきてくれたおみやげ。」
へええ。いったいどういう仕組みなのかさっぱりわからなかった。世の中は広い。私の知らない事だらけだと思った。
「そっちのコップ、ニーナちゃん用ね。あげる。」
「え? いいの?」
うんうんと、彼女は笑って頷いた。
「これがあるといつでも熱々の飲み物が飲めるよ。」
「あはは、そうだねえ。ありがとう。」
マルニィには貰ってばかりだ。それは物だけじゃなく、私に必要ないろいろなものだ。いつか、彼女にお返しをしないといけないと思う。でも、何を返せるだろうか。熱々の飲み物をふーふーしながらそんな事を考えた。そして、今は寒い時期ではなくむしろ温かい時期である事を思い出し、マルニィらしいなあっと思った。まあ、別に温かい時期に熱いもの飲まないわけじゃないけど。
「ニーナちゃん・・・・・・」
窓から外を眺めていたマルニィの声音に、緊迫感があり、驚いて彼女を観た。
振り向いた彼女の顔は驚きと理解できないものを観たような恐怖の色を湛えていた。
「どうしたの? マルニィ。」
彼女は震えながら、かろうじて声を絞り出した。
「むこうから、なにかわからないものがいっぱい、こっちに向かって来てる。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます