第六十六話:lost
「ねえ、何か訊いてる? 赤部真知が学校辞めたって?」
その日、ヤマゲンが唐突に云い出した。しかし、それよりも、その内容である。赤部が学校辞めた?! ふぁっ?!
「その様子じゃ何も聴いて無い様ね。」
ああ、そうだ。まったく聴いてない。何故だ? 観季の件は解決しようとしている。問題は、無くなろうとしているじゃないか? わからない。観季は知っているのか?
1時限目が終わってすぐに隣の教室に向かい、観季の様子を観に行ったが、クラスメイトの話によると、観季は今日、朝には居たが、すぐに帰ったらしい。
赤部の電話番号に掛ける。麗美香のときの様にいろいろと云われるだろうが今は気にしている場合じゃない。あいつに学校を辞めた理由を訊かないと気がすまない。
「あなたがおかけになった電話番号は現在使われておりません。」
なんだと・・・ん? 掛け間違えたのかな? もう一度掛けてみるが、結果は同じだった。
あんにゃろう。電話番号変えやがったのか。寮にはもう居ないだろうし、実家か。実家は何処だ? ファイルの記憶を辿るも、さすがに住所は覚えていない。観季なら知ってるだろうから、観季に電話するか?
「はい。日出(ひで)です。」
そういえば、観季の苗字は日出だったっけ。
「あ、観季さんですか? 隣のクラスの山根です。ニーナの友達です。そして、赤部の友達です。観季さんとは何度か会ってますが、覚えてないかもですけど。」
「あ、あの? 何か御用でしょうか?」
かなり警戒されている様子だ。まあ、突然よく知らない男から携帯に電話が掛かって来たんだ。致し方ない。
「赤部さんと連絡を取りたいのですが、携帯の電話番号を変えた様でして番号がわかりません。ご存知でしょうか?」
警戒心を解くため、努めて丁寧に話す。しかし、観季は、ずっと黙りこんでしまった。
「あの、観季さん? あ、番号教えるのがまずいなら、代わりに連絡を取ってもらっていいですか?」
人の番号を本人の承諾なしに勝手に教えるのは良くないと思ったのかもしれないと考え、こう云ってみる。すると、彼女は、
「わたしも、新しい番号知りません。」
そう云って、消え入るような声を出した。
おそらく観季も赤部に電話したのだろう。そして自分と同じ様に、通じなかったのだ。
「赤部が学校辞めたって聞いたんですが、何か知っていますか?」
「わたしは何も聞いてません。知りません。」
がちゃ。
電話を切られてしまった。
赤部のやつ、観季にも教えてなかったのか。何があった?
「観季さん、今日お休みなのですね。」
放課後、トレーニングが出来なくて残念そうにニーナは呟いた。どうやらニーナはトレーニングを愉しみにしていたようである。何がそんなに愉しいのかわからないが。
「とっとと帰ろうぜ。」
そう、ニーナに促した。ニーナと一緒に帰るのは久しぶりだ。ずっとニーナは、放課後、観季にトレーニングをしていたので、一緒に帰ってなかったのである。
「トレーニングの方は順調なのか?」
「はい。順調です。」
明るく元気よく答えた後、少し遠い目をして、
「昔、トレーニングしていた時の事を思い出します。」
そう懐かしむ様に呟いた。
「私の親友がね、よくトレーニングをつけてくれたんです。」
その碧い眼は、此処ではなく何処か遠くの世界を見つめていた。邪魔をしてはいけない気がして、口を挟めずにいた。
しばらくして、
「赤部さんは何故黙って居なくなったんでしょうか?」
此方に対する問い掛けではなく、自問の様だったが、
「まあ、赤部なりに悩んだ結果じゃねえかな。」
あくまで推測でしかないが、いままでの赤部との会話から、赤部は、ずるのない自分だけの力で何かを成し遂げたいと思っているのだろうと思う。そして、プライドがあいつは高そうだから、観季の力が無くなったらいままでのようにテニスで勝てないから、テニスを続けたくないのではないか? いままでよりも弱くなった姿を周りに晒したくない。きっとそんなところだろう。そして、いままでの関係を全て断って、1からやり直す気なんだろう。
「私、観季さんの様子を見てきます。」
バス停でバスを待っていたとき、ニーナは急に寮の方へと歩いて行った。
「おい、待て、観季は会ってくれないかも知れないぞ。」
「それでもです。」
ニーナは、ずんずんと進む。足速えなあ。やっと追いついてニーナの手を掴む。彼女は振り返り、
「観季さんにとって、赤部さんは特別な存在です。そんな人が急に居なくなったんです。私、ほっとけません!」
ニーナの瞳から涙が流れていた。
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