第六十七話:マルニィ
小さい頃、みんなが私に向ける笑顔は本物だと思っていた。
みんなが私に良くしてくれる。
世界はこんなにも素敵なんだと思った。
でもそれはただの幻想
ある日、一番仲の良かった子と手を繋いていたとき、突然その子の心が流れ込んで来るのを感じた。
(姫さまと仲良くしておけば、良いことがあるってお母様が云うから仕方ない。本当は別に好きじゃないけど。わがままな姫さまの相手は嫌。めんどうくさい。いけないいけない、愛想良く。愛想よく。)
手を離した私をその子は不思議そうに見ていた。そして、私の顔を観ると、怯えだした。私はどんな顔してたんだろう? 覚えていない。その子は一目散にこの場を逃げ出した。その背に私は何かを叫んでいた。何を叫んだか覚えていない。
私の能力が発現したのはその時から。
手で触れると、触れた人の心が伝わってくる。
仲の良かった子たちと手を触れた。
確かめずには、いられなかった。
みんな同じだった。
私はそれ以来、人に触れなくなった。
みんなの笑顔や言葉はまやかし。
本当は、違う事を考えている。
私の態度が変わった事に気づき、みんなは遠巻きに様子を見る様になった。
自分の能力を教えた事はないけど、自然に伝わっていった。
そうすると、みんなは触られるのを怖がった。
もとより、私は触る気など無かったけど。
そんな状態は、こちらの世界で云うところの高等学校の様なところに進学しても続いていた。
たぶんずっと、続いていくんだろうと思っていた。
あの子に出逢うまでは。
「ニーナちゃん、何してるの?」
あの子は教室で独りぽつんと座っている私に声を掛けてきた。その時があの子との初めての会話だった。みんなは私の事を姫さまと呼ぶ。ニーナと呼ぶ子は居なかった。そして、みんながいままで避けてきた私の手をぎゅっと握りしめていた。あの子が私の能力を知らなかった筈はない。もうこの時には、広く知られていたから。それでも、あの子はお構いなしに私の手をしっかりと握ってくれた。その手はすごく暖かかった。
「わたし、マルニィ。」
マルニィと名乗ったあの子は、丸顔で愛嬌のあるつぶらな黒い瞳をしていた。
とっさにマルニィの手を振り払い立ち上がってしまった。それは、彼女の心が伝わって来るのが怖かったから。彼女もきっとみんなと同じ様に思っている。そう感じたから。
マルニィの手を振り払うと同時に、マルニィの心が伝わって来た。それは親愛の情、仲良くなりたい、心配、笑顔が見たい、そういった強い気持ちだった。
手を振り払ってしまって後悔した。きっと私は、彼女を傷つけてしまった。
恐る恐る彼女の方を観ると、マルニィはそのまん丸い顔でニンマリと笑っていた。そこから、大丈夫、傷ついてないよ、と云っている様に感じた。
彼女に謝りたい。何か言葉を掛けたい。そう思っても声が出なかった。
マルニィは、制服のポケットをゴソゴソとやって、何かを取り出し、取り出した拍子にポケットの中身をいくつかこぼしながら、私の前に手を差し出した。
「これ、わたしの大好物のおやつ。ブリゾクって云うの。美味しいよ。」
そう云って無理やり私の手に握らせた。それは、1口サイズで、銀色の包装紙に包まれていた。
「あ、あ、あの、いっぱい、落ちた。」
床に散らばったブリゾクを指差しながらなんとか声を絞り出した。
「あ、ほんとだ。わたしってね、どんくさいのよねえ。」
別段卑下する感じでもなく、事実を伝える感じで呟き、いそいそと落ちたブリゾクを拾っていた。拾いながら、私を振り返り期待しているキラキラとした眼を向けた。
あ、これ。手に握らされたブリゾクを見て、食べた感想を訊きたいのだと解った。頷いて、銀紙を開けた。甘いいい香りがした。後日こちらの世界に来た時、チョコレートを見た時、ブリゾクとよく似ていると思った。
ぱくりと食べた。それはすごく甘く、気持が和らいでいくのを感じた。この感覚は、そうだ、この子そのものなんだ。そう感じさせた。
「まるで、あなたみたい。すごく甘くて、気持ち和らぐ。」
自然に声に出ていた。
「あはは、もっとあげる。」
そう云って、さっき拾ったばかりのブリゾクを押し付けてきた。落としたやつをそのまま渡すなんて、なんて失礼な! そんな考えが一瞬過ぎったけど、マルニィの満面な笑顔を観ると、他意は無く、本当に私に美味しいブリゾクをあげたくての行動と解り、そして目の前で落としたのを見たやつをそのまま渡そうとするところがまたどんくさいんだなあと思い、つい、吹き出してしまった。
そっか、マルニィは、すごく自然体なんだ。眼に見える表情や態度が、そのまま彼女の心なんだ。
それが私が今一番欲しかったものなんだ。
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