第六十四話:a letter
「訓練、上手くいってるみたいね。」
赤部が教室に入って来た。
「どうしたんだ急に? ここ数日、無視してたくせに。」
「別に、無視なんかしてない。顔合わせ辛かっただけ。」
赤部は、それだけ云うと黙り込んだ。だが、口元はまだ何か云いたそうにもごもごと動いていた。
「なんだよ? 云いたい事があるなら云えよ。」
彼女は、ぎゅっと口を結んでこちらを睨んだ。なにも睨まなくたって。怖えよ。
「別に。何も無いし。じゃあね。」
そう云って、さっさと教室を出て行った。
時間は、1時限目と2時限目の間の休憩時間。クラスの中が少しまたざわついていた。やれやれだ。傍から見たら、痴話喧嘩に見えなくもない。後ろを振り向くと、ヤマゲンがニヤニヤと笑っていた。
「いつの間に、赤部さんと仲良しになったの?」
「仲良しじゃねえよ。」
「ニーナの様子も変なんだよねえ。いつもあんたの後ろ付いて廻ってる感じだったのに、最近、放課後は別行動って感じだし。」
よく観てやがんなあ、このやろう。
「なに? もしかしてあんた達別れたとか?」
「別れてねえ……じゃなくて、そもそも付き合ってるのか?」
「オレに訊くなよ。でもなんか、あんたが告ったって聴いたけど?」
ニーナの奴、よりによってこいつにそんな事話かとやがったのか?!
「まあ、その話はいずれちゃんとしてやるから、今は忘れてくれ。取り敢えず、ニーナとは今までは通りだ。何も起きてねえよ。」
「そっか……」
「なんで、そんなに残念そうなんだよ。」
こいつ人が不幸になると喜ぶタイプなのか?いや、自分限定か。まったくとんでもねえ悪友だなあ。
「別に。ただつまんないなあって。」
「お前を愉しませる為に生きてる訳じゃねえ。」
そう云うと、ヤマゲンは微かに笑みを漏らした。その笑みは、何故か儚く見えた。その儚さが、例の話を思い出させた。
「なあ、ヤマゲン?」
「なに?」
「美霧の件。落ち着いたか?」
自分に何が出来る訳でもないが、あの時の電話だけで終わって良いとは思えなかった。
「まあね。初めはつい、あんたに電話しちゃったけど、ごめんね。だいぶん慣れてきた。慣れてきた自分が嫌だけど。」
「慣れるのは普通だろう。いつまでも引きずってたら生きてけねえよ。」
「うん。そう思う事にする。」
ヤマゲンは席を立ち、教室を出ようとする。
「おい、何処に行くんだよ。授業始まるぞ。」
「花つみ」
ああ。ヤマゲンらしからぬ表現だと思ったが、口にはしなかった。
※※※
放課後、ニーナはいそいそと観季を連れてトレーニングに向かった。観季も素直に受け入れている感じなので、このまま順調のいくのかな。赤部の口ぶりからおそらくは何らかの効果が出ていると思われる。それはつまり、赤部は人並みに疲れたり痛みを感じたりしていることを意味する。でも、そうなると、観季が素直に受け入れそうに無いんだが・・・・・・
それともう一つ。nullさんからの宿題。ユニーク枠についての調査だ。調査といってもなあ。何をどう調査すればいいか。順当に考えれば摩耶さんに訊くのが一番なんだが、摩耶さんって敵じゃないけど、学校側の立ち位置っぽいから本当の事話せない感じだしなあ。そうすると残るは、金太郎か。そういやあ、最近、金太郎と話してないな。
金太郎は、相変わらず昼休みにこちらの教室に来てニーナとお喋りをし、ヤマゲンと喧嘩しているらしい。自分はすぐに外で昼食を取っているので金太郎と入れ違いになる。その結果話す機会がないのだ。
今度、金太郎と話してみよう。
そうなると、今日はもう学校に用事がないので、とっとと帰宅の準備をして、下駄箱に向かう。すると下駄箱の前に佇んでいるヤマゲンの姿があった。声を掛けようとしたとき、その手に手紙を持っていることに気付いた。ヤマゲン・・・お前まさか・・・ラブレター貰ったのか・・・?! そんなチャレンジャーな奴がこの世に居るとは。ヤマゲンもびっくりしたのか、手紙を持って固まっている。一体誰が?
ヤマゲンに気づかれない様に、そっと後から近づく。ヤマゲンは手紙を読んでいる様だ。何もこの場で読まなくてもいいのに。よっぽど内容が気になったに違いない。うんうん。わかるぞ。ヤマゲン。自分がヤマゲンなら、一体どんな物好きが何を書いてきたのかって気になるからな。
すっと手を伸ばして手紙を取る。ヤマゲンは、びっくりし過ぎたのか、無反応のまま固まっている。からかうつもりで手に取った手紙だったのだが、無反応なら仕方がない。誰が書いたのかだけでも観てみよう。
手紙には差出人の名は無かった。じゃあ、中身の方か。山依元子様で始まった手紙は、大学ノートを4枚千切ったもので書かれていた。ラブレターを大学ノートって。便箋使えよ。中身は後回しで、最後の行を確認する。そこに差出人の名が在るはずだ。
ヤマゲンが固まった理由がわかった。そして、自分も恐らくしばらくは固まっていたのだと思う。
差出人のところには、 琴之葉 美霧 と書かれていた。
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