第五十四話:赤部真知

赤部真知あかべまちがテニス部辞めるって。」


 次の日のことだ。席ついたとたん、ヤマゲンが脈絡なく話しかけてきた。

「赤部真知って誰? あ・・・・・・」

 赤部真知。直接、赤部真知という人物に、赤部真知という認識で交流した事は一度もない。自分の記憶の中には、赤部真知という文字と、その上に貼られていた顔写真。そして、この間、廊下で衝突した女子とその顔が同じだった。

「そうよ。思い出した? うちのテニス部で有名の赤部真知ですよ。」

 いや、テニス部という事は知らなかったけどな。

「なんで辞めちゃうんだろうと、今、学校中で騒ぎになってるよ。」

「なんでだよ。別にクラブ辞めるとか普通にあるだろ。」

 クラブ活動は自由だ。入るのも入らないのも。そして、辞める事も。ちなみに、自分は入って無いし、そういえば、ヤマゲンも入ってないな。別に誰がどのクラブを辞めるとかどうでもいいんじゃないのか? みんな暇なんだな。

「なに言ってんの。赤部真知っていったら中学で全国行った実力者だよお。これからの活躍を期待されてたんだよ。」

「へええ。そんなやつがなんでうちに来てんだ?」

「さあ、それはわからないけど。」

 そう。別にうちの高校は、スポーツが強いとかない。というか、まだ学校が出来て3年目だ。強いスポーツ選手を受け入れるみたいな事は聞いたことがない。

「もっと、テニスが強い高校に行くんじゃねえの? 普通。」

「んーん。もしかして、ユニーク枠とかかなあ?」

 まあ、たしかに、ユニーク枠なら有り得るか。どんなユニークがあるのか知らないけど。基本は伏せられてるしな。でも最近なんとなくわかってきた。摩耶先輩や、美霧、舞と会って思った。きっと彼女らがユニーク枠なんじゃないか。だとしたらそのユニークっていうのは・・・


「そう! 俺も聞いてびっくりしてよおお。」


 昨日、話しかけてきたニヤついた同級生男子だった。そういえば昨日、勝手に混ざれって云ったっけ。すぐに実行した訳ね。はぁ。

「そっか。」

 と適当に返す。こっちに話しかけるの止めて欲しい。自分は別に君と話したいわけじゃあない。

「でしょでしょ。一体何があったのか? 気になるよねえ。」

 ヤマゲンが普通に会話を繋いだ。さすが社交的なのか、あまり他の男子と話しているところは見たことがないが、別に苦手という訳ではなさそうだ。うん。ここはヤマゲンに任せよう。

 しばらくは二人で、やいのやいのと楽しく会話していた。ので、自分は授業の準備をすることにした。


 予鈴をきっかけとして、ヤマゲンは話を打ち切って、ニヤ夫に別れを告げ授業の準備をし始めた。ニヤ夫は渋々といった風に自分の席へと戻っていった。ああ、ニヤ夫っていうのは、今来ていたニヤけた同級生男子な。名前知らないし。名簿で見てるはずだけど、男は覚えていない。


 ポカッ


 後ろから、教科書の角で頭頂部を叩かれた。いや、軽くだけどな。

「いってえな。なにすんだよ、ヤマゲン。」

 後を振り返って、恨みがましくヤマゲンを睨む。

 ヤマゲンも、恨みがましくこちらを睨んでいた。なんで???

「なに俺だけに任せてるんだよ。逃げるなんて卑怯だ。」

「え? でも楽しそうに話してたじゃねえか。気が合うんじゃ無かったのかよ。」

「不愉快そうに会話する訳にはいかないじゃない。」

「そうか? 自分は不愉快な時は不愉快そうに話すけど。」

 はぁぁ・・・っと深いため息をしてヤマゲンは諦め顔で俯いた。えええ? なんかおかしな事云ったか?

「なんでわざわざ、災いの種を蒔かないといけないよの。意味なく対立するとか、どうなのよ。」

「対立とか、そんなんじゃなくて、正直者なんだよ。」

 うん。そう。自分に正直なんだよ。間違ってはいない。

「はいはい。もう前向いて。」

 肩をぐっと掴んで、無理やり正面を向かされる。大人しくそれに従い前に向き直った。

 後ろから、深いため息が聞こえた。



   ※※※



 昼休み。


 弁当を食べるときにニヤ夫がこっちに来そうな予感がしたので、取り出した弁当を持ったまま教室を後にした。ニヤ夫の奴がこっちを利用する気満々なのが実に不愉快だ。関わらない様にするのが吉である。しかし、これではこれから教室では食えないなあ。絶対あいつが邪魔しにやってくるからな。とはいえ、何処で食うか。いつもの場所は候補ではあるが、暗い。あの暗い屋上扉前で毎日食ってたらなんか惨めっぽい気がする。気も滅入るだろう。なので、ここは明るくいこう。明るい場所を。たとえば陽の当たる中庭なんかどうだろうか?

 そういう訳で、さっそく中庭出てみる。今日は秋晴れで過ごしやすい事もあり、中庭で昼食を取っているカップルやら女子集団やらが居た。出来るだけ、その人達の側には寄りたくない。やむを得ず少し離れた場所の円形花壇に腰掛ける。ただ、これから寒くなるからずっと此処という訳にはいかないなあ。それに、雨の日とか使えないしなあ。やっぱり学食がベストかなあ。

 なんてことを考えながら弁当を開けてぱくつく。なんか慣れてない場所のせいか、落ち着かない。喉を上手く通らないのを無理やり飲み込む。弁当の味もよくわからなかった。

 肌を撫ぜる秋の風は心地よく、学校に居るのがもったいないぐらいだった。このままどっか遊びにでも行きたい気分だ。中庭の木々はまだ秋っぽい葉色ではなく、緑々しており、まだ秋が始まったばかりだということを思わせた。葉は風にさわさわと揺れていた。

 と、そのとき目の前が何かで遮らえた。


 なんだ?


 見上げると、そこに茶髪ウェイビーボブの少女。赤部真知が立っていた。


 ん? なんだ? なんで赤部真知が此処に? 自分に何のようだ?


 だが、よく見ると赤部は、こちらを見ていなかった。その眼は何処も見ておらず、心此処に在らずといった風だった。

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