第五十三話︰Frustration

 「やあ、山根くん。」


 誰だ? こいつ。


 昼休みに教室で弁当を食べていると、ニヤついた男に声を掛けられた。なんとなくだが、たぶん同級生だ。ほとんど同級生とは話さないから、こいつが特別存在感が無いとか、そういう事ではない。同級生の男子などに興味がないので、顔や名前などほとんど覚えていないのだ。女子生徒はバッチリ記憶しているが。

 そして最近になって、この様に、交流の無い同級生の男から声をよく掛けられるようになった。そのきっかけは、おそらく


「なあなあ、いつも女子と仲良く話してるじゃん。俺も混ぜてよ。」


 そう。この間から拡がった、自分が女たらしだと云う風評のせいである。いったい、自分の何処が女たらしだってんだ。自分の周りにいる女って、ニーナは別として……、ヤマゲンと金太郎じゃねえかよ。この間、遭遇した彼女とは、あれ以降一度も会ってないしな。ヤマゲンに言わせれば、公衆の面前で抱き締めたって事だけど、あれはしょーがねえだろう? 誰だって、目の前で人が倒れたら助けるだろう? ねえ?


 「勝手に混ざればいいだろ? なんでわざわざ許可を取る?」


 「許可っていうんじゃなくさ、きっかけがないっていうかさ、なんかこう、どう入っていいかわからないっていうかさぁ。」


 「知らねえよ。別にどう入ったっていいんじゃないの?」


 なんでわざわざ自分が、こいつの女の子と仲良くしたいぜーに協力しないといけないんだよ。勝手にやれよ、もう。

 付き合ってられないので、弁当を早々に平らげ、教室を出る事にした。


 「おーい、ちょっと、山根く〜んってば……」


 何が、山根く〜んだよ。気持ち悪いって。他人のふんどしで相撲を取るんじゃねえよ。つか、自分も別に女の子と話すのが上手いとかそういうんじゃねえし。ただの成り行きだしな。まあ、話すのは嫌いじゃないし。むしろ好きだし。まあともかく、こういう輩は鬱陶しい。


 気分直しにいつもの所へ行こう。


 なんだか日課になってしまった昼休みの屋上扉前の踊り場へ行く。もうNULLさんが来る事はない。そうわかっていても、足が此処へ向かってしまう。別に何か話したい事がある訳ではない。ただ、漠然とした不安。この間の事件のせいか、自分の力が及ばない、そうした大きな何か。そんなものに取り込まれているような不安を感じている。もつともっと沢山の事を知らなければならない様に思うのだ。


 かつてnullさんが居た壁の方を見て話し掛ける。壁は何も応えてくれなかった。


 nullさんが、薄笑いを浮かべている様に感じる。

 その薄笑いは、知りたければ調べればいいじゃないか? 何をしている? そう言っている様だった。


 まったくだ。nullさんの云う通りだ。自分で動かずに答えだけ得ようというのは虫が良すぎる。

 とはいえ、何をどう調べていいやらわからなかった。


 「ねえ、コーイチ? なに壁とお話ししてるの?」


 おわぁ! びっくりした。いつの間にか、ニーナが後ろに立っていた。ニーナが此処に来るのはいつもの事だから驚く事ではないが、来た事にまったく気付かなかった。そんなに集中していたのか自分。


 「いや、別に。あ、ほら、nullさんどうしてるかなって思って。nullさんとは、此処で初めて出逢ったから、ちょっと懐かしく思って。」


 ふ〜んと、ニーナはそれ程関心を寄せない感じで応えた。

 ニーナは、いつもの様に階段に座り、こちらを見上げた。


 「nullさんに逢いたいの?」


 「うん、逢いたいな。」


 そう…とニーナは呟いて眼を伏せた。

 いつものように、ニーナの隣に座る。

 ニーナは何も言わないし、自分も話す事が無かった。


 結局、教室に戻る時間になるまで、お互いに何も話すことは無かった。


 教室に戻る途中の廊下で、この間の女の子、自分が抱きとめた方の子とばったり出逢った。

 その子は、目が合うと一瞬驚いて顔を赤らめ、その後深々とお辞儀をした。ショートの黒髪がふわりと揺れる。


 「この間は、どうも、ありがとうございました。」


 そう、か細く呟いた。


 「あ、いや、別に。」


 なんだか照れる。顔が赤くなるのを感じて、誤魔化すように頭を掻いて目を逸らした。


 「それよりも、身体はもう大丈夫なのか?」


 「え? あ、はい。いつもの事なので。」


 もう少し話していたかったが、周りの視線が気になったので、早々に退散することにする。今更だが、それでもこれ以上、変な噂が立つようなことは避けたかった。

 じゃ、っと挨拶して、立ち去る。彼女は頷いてそれに応え、シャンプーのいい香りを残して教室に入っていった。


 自分は、人から注目される事に慣れていない。昔っから、注目された事がないせいもあるが、単純に性格的なものかもしれない。なので、こんなふうに、周りから注目されるのは、すごく居心地が悪い。

 さっき会話した事で、また周りがヒソヒソ話している様な気がする。自意識過剰かもしれないが。


 「人のうわさも75日で消える。この世界では、そうなんでしょ?」


 ニーナが後ろから制服の袖を掴んで、ぼそっと伝えてきた。

 まあ、たしかにそんなことわざがあるけど。よく知ってるな。ほんとニーナは、なんでも勉強している。でもなんか微妙に勘違いしているようにも感じて、ちょっと微笑ましかった。

 そのせいか、ちょっと口元が緩んだ。


 そっか・・・ニーナのやつ。心配してくれてたんだな。

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