第五十二話︰womanizer
エレベーターを降り、教室へ向かう廊下をニーナと二人で歩く。いつもの日常。それも悪くないと思い始めている自分が居る。最近はニーナと一緒に居る時間が多くなった気がする。少し気恥ずかしいが、居心地がよかった。
「私に関わらないで! あんたなんか大っ嫌い!」
前の方で、女生徒が後ろ向きに大声で叫んでいた。
髪はショートで茶髪、ウェイビーボブとかいうやつか? よく知らないが。
ひとしきり前方に居る誰かに罵声を浴びせた後、振り返ってこっちに向かって走り出した。
咄嗟の事に避けそびれて、彼女と衝突。躱そうとした時に肘が彼女の顔面にクリーンヒットしてしまった。
悲鳴と共に尻餅をつき、顔面を抑える彼女。一瞬狼狽えたが、気を取り直して、大丈夫かと、彼女に声を掛けた。
はっとした表情でこちらを見た彼女の顔は、特に怪我らしいものもなく、腫れたり青あざもなかったのでほっとした。その顔は、気の強そうな感じで一匹狼といった称号が似合いそうだった。
済まないと謝罪を述べようとしたところ、一瞬後ろを振り返った後、すぐさま立ち上がって走り去って行った。その後ろ姿をぼんやりと眺めていたら、ニーナが袖を引いてきた。
ニーナは廊下の前方を指差していた。指差す先を見ると、そこに別の女子生徒がうずくまっていた。
うずくまっている子に駆け寄って、声を掛けると、小柄な身体を震わせながら、だいじょうぶですだいじょうぶですと呟いた。
立ち上がろうとしてよろけたので、抱きとめた。
「大丈夫じゃねえじゃねえか。」
彼女の黒髪からシャンプーのいい香りがした。
「あ、すみません。」
彼女は小さな声で謝り、身体をそっと離した。
チラッとこっちを視たとき、さっきの子に殴られたのだろうか、左眼の下に青あざできていた。
「失礼します。」
そう云って彼女は俯きながら教室へと入って行った。
このクラスの子なのかな? この教室は、自分達の教室の隣だった。
トスっ。
ニーナが正面から身体をぶつけて来た。いや、もたれ掛かるようにしてきた。
「なんだよ?」
「別に……何でもない。そろそろチャイムなるから。戻ろ。」
そう云って、先にトトトと小走りに教室へ入って行った。
※※※
「やまねこはぁん、あんたぁ〜やりまんなぁ〜。」
ヤマゲンが、変な言葉使いで後ろから話し掛けてきた。
「なんだおまえ、何処の人間だよ。」
「いやぁ〜、一部始終見せて貰ったよぅ。」
なんだ? 何を見たんだこいつ。
ヤマゲンは、ニヤニヤしていた。今まで見てきたヤマゲンの表情の中で、一番気持ち悪かった。思わず仰け反る。
「公衆の面前で女の子を抱き締めるなんて……。成長したもんだねえ。おかぁちゃんは、嬉しいよぅ。」
お前みたいなかぁちゃんから生まれた覚えはない。っていうか、さっきの廊下での件か。
「なんだおまえ、見てたのか?」
「見てたのか? っじゃないわよ。みんなの注目の的だったよ。クラスの全員見てたよ。」
うはぁ。クラス全員は嘘だとしても、結構みんな見てたのか。まったく気付かなかった。でもあれは、ほら、目の前で人が倒れそうになったら抱き止めるだろう?特に相手が女の子なら。いやいや、男でもちゃんと支えるよ。抱きはしないかもだけど。うんうん。
「あれは、ほら、ちょっと支えただけだ。普通の事だよ。うん。」
「それにしては、しっかり抱いておられたようですが?」
「いやいやいや、普通だよ、普通。」
「おい、山根、うるさいぞ、黙れ。そして、座れ。」
そうだ。今は、授業中だった。先生に怒られちまったじゃねぇかよ。ヤマゲン、覚えとけよ。
すみませんと、素直に謝罪して、すごすごと座り直す。ヤマゲンの言葉に思わず立ち上がってたようだ。自分の気付かぬうちに。
ちらりとニーナの様子を覗う。ニーナはこっちを観ていた。声には出さずに口パクで、「なにやってんの。恥ずかしいじゃないの。」と云ってるようだった。たいそうご立腹の様である。なんで? ほほをぷくぅっと膨らませて、睨まれた。なんでニーナがそんなに怒るんだよ。恥ずかしいのは自分であってニーナではないはずだ。納得いかない。まあ、いいか。怒った顔のニーナも可愛いから許す。
「なにニヤけてんの。キモい。」
ヤマゲン、てめえ、後ろからなんてずるい。この時ほど、こいつが真後ろの席である事を恨んだことは無い。こいつの挑発に乗ったらまた先生に怒られそうだから、無視だ。無視。
「やまねこ。俺を無視するたぁ〜いい度胸だぁ〜。」
なんだろうなあ、このヤマゲンの変な言葉使い。これはきっとなにか良からぬ事を企んでいるに違いない。こいつはへそを曲げると面倒臭そうなタイプに違いない。特に最近は退屈してるっぽいからやばそうだ。ここは、素直になだめよう。そうしよう。
「今、授業中だからな。後でな。」
はぁ、っという溜息と共にヤマゲンは大人しくなった。うんうん、いい子いい子。
次の日、「女たらし」の称号が、クラスから自分に付けられるようになった。
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