第四十九話︰hesitation

「nullさんがね、云ったの。罪悪感から逃げる為に死ぬなら勝手に独りで死ねって。」


 さすがというか、nullさんらしいセリフだなあ。云ってるシーンが目に浮かぶよ。


「わたしは、死ねところを見せつけて、みんなに許して欲しいのかなって、思った。」


 ニーナは、ポツポツと話す。それはまるで、独り言の様だった。

 ぺたんと座っているニーナを、掛け布団で包む。少し冷えてきた。ニーナは、されるがままに布団を巻き付けられていた。


 ひと通り巻き付けが終わると、ニーナはゴロンとそのまま寝っ転がった。


 悩み疲れたのか、すぅーっと寝息を立て始めた。


 結局何も言えなかった。曖昧に、相槌をうつのが精一杯だった自分が情けない。


 ニーナの側で、ずっとその涙に濡れた寝顔を眺めていた。



   ※※※



 次の日の、学校の昼休み。

 麗美香が来るかどうか、少し気になっていた。

 昨日の今日だし、まだ体調良くないだろうし、休んでいるかもしれない。まあ、だからといって、彼女の教室まで行って確かめるのも、はばかられるし、変な噂が広まっても困るし、電話を掛けるのもなんか戸惑いがあった。

 元気なら、昼休みにニーナに会いに来るだろうし、来なければ……。まあ、あいつに限って大事は無いだろう。



 そして、昼休みに麗美香は来なかった。



 放課後、麗美香の携帯に電話を掛けた。

 特に問題ないだろう。だって、知人として心配して電話するぐらい普通だろう? うん。普通だ。


「あら、ポチ。どうしたの?」


 麗美香は、ほんとに、あれ? どうかしたの? って感じで携帯に出た。ほんとうに意外だった様だった。


「いや、まあ、その、なんだ、お前、今日昼休みに来なかったからよう、昨日の事もあるし、その、大丈夫なのかなっとな。」


 心外にもしどろもどろに喋った。何をこいつ相手に緊張してんだ自分。


「ふ〜ん。心配してくれたんだ。ありがと〜。今日はサボりたかったから、学校は休んだんだぁ〜。ポチは、わたしに会えなくて寂しかった?」

「ああ、ニーナがな。」

「素直じゃないなぁ〜。ポチは。」

「いや、むっっっちゃ素直だ。」


 いつも通りの麗美香に少し安心した。

 電話の向こうで笑い転げている麗美香の声を聴くと、ほっとした。

 ほっとしたので、もう一つの本題に入る。


「なあ、お前、学校側の依頼で来たんだよな?」


 思い切って聞いてみる。


 麗美香は、少し沈黙した後、


「まあ、いまさら隠してもしゃ〜ないかぁ〜。でも、正確には違うんだなぁ〜、それが。実は、わたし、爺様の依頼で来たんだぁ。」


 爺様、っていうと財閥の御大将か。


「なんかね、学校の理事長さんと爺様、幼なじみみたい。だから、たぶんだけど、学校から爺様が依頼を請けたんだと思う。」


 なるほどねえ。


「そっかあ、じゃあわからないかなあ。昨日あんな騒ぎを起こしただろう? お前を含め、自分達はどうなるのかなぁって気になってな。」


 こいつに遠回しの云い方は伝わらないだろうと踏み、ストレートに切り出す。


「どうなるかって、どうかなるの?」

「いや、それがわからないから、知りたいと思ってな。ほら、何か、この件とか、前の件もだけど、学校側は隠蔽したそうだし。」


 ふ〜んっと、麗美香は唸って、わかんないと云った。

 駄目だ。こいつ、当てにならねえ。


「爺様に相談してみる。」

「え? いいのか?」


 こいつの爺様が、どんな人か知らないから一抹の不安は拭えないが。


「とりあえず、わたしたちに手を出させないようにしたらいいんでしょ?」

「まあ、そうだな。たぶん。」

「わかった。任せて。」


 ほんとに任せて大丈夫なのかな。


「ポチ、ありがとね。」

「なんでお前が、礼を云うんだよ? 頼んだのはこっちだぜ。」

「ううん。わたしね、この件が終わったら元の学校に戻る事になってたの。だけど、これで、戻らない口実が出来た。(にこ)」


 電話の向こうの麗美香は、ほんとに嬉しそうな声で話した。


「わたしね、この学校気に入ったから、戻りたくなかったの。わたしが、この学校で、学校側を監視するって事にする。」


 そう云えば、麗美香が元の学校に戻るなんて事は想像していなかった。


「よかった。お前が居た方がニーナも喜ぶ。」

「ポチは、素直じゃないなぁ。」

「もう切るぞ。」

「はいは〜い。心配してくれてありがとね。明日は行くよ。」

「ああ、来いよ。じゃあな。」



 ひとまずは、これでいいのかな。

 確認する相手が欲しかったが、そんな相手は存在しなかった。



 帰りのバス停に向かう途中、ふと、屋上を見上げた。

 屋上は、今、改装工事の名目で外から見えないように目隠しされている。

 もう関わるつもりはないが、とりもちに捕まったままになっているヤツらを処理しているんだろう。

 摩耶先輩のセリフではないが、ほんとに、後は学校側に任せればいいのだろう。


 視線の下に何かが見えた気がした。

 動くそれに、視線を合わせる。

 屋上ではなく、10階の窓から外に出て、外の出っ張りに脚を降ろし立っている女子生徒だった。


 ニーナ……何やってんだよ、あいつ。

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