第四十八話︰feel guilty
バス停でニーナを待っていると、摩耶先輩がやって来た。
「摩耶先輩、今日もお仕事ですか?」
気怠そうに、首を傾げながら、
「いえ、今日は、あなたと話しに来たの。ちょうど姿が見えたので。」
摩耶先輩、まだ帰ってなかったんだ。
「またいろいろやらかしたみたいね。」
彼女は、やれやれと溜息をついた。長い髪が、はらりと落ちて俯いた顔を隠す。
「それで、片付いたの?」
ポツリと呟く。
「はい。ニーナが落ちてきた時空の歪は塞がりました。ヤツらも屋上で見動きが取れない状態です。」
「そう。」
摩耶先輩は、ゆっくりと顔を上げた。
「お疲れ様。後は、こちらに任せて。あなたはもう、普通の生活に戻りなさい。」
そうか、nullさんが云っていた二人って、一人は摩耶先輩の事なんだ。
直接二人は会った事がない。
でも、それは、それ故に出来る事があるからなんじゃないか? そんな風に思った。この二人のやり方も、解決方法も違うが、目指している方向は同じもの。そんな風に思えるのだ。だから少し試して見たくなった。
「摩耶先輩も、なんかいろいろされてたようですね?」
彼女の眼の色が一瞬だけ変化した。やっぱりそうなんだ。
「何の事かしら。私はあなたの様にお人好しでも、馬鹿でもないわ。」
そう、摩耶先輩は、馬鹿じゃない。でも、お人好しだ。
「ずっと、考えていたんです。あのファイル。なんで、あのファイルで、nullさんを捜させたか。」
「念の為って云ったでしょ。それだけだわ。」
口調が少し変わった。少しぎこちなくなり、ほんの少し早口になった。間違いない。
「摩耶先輩はわかってたはずです。霊能力ってよくわかりませんけど、美霧を視たとき、写真と名前の書いた紙を使いましたよね。なら、あのファイルは、写真と名前があったので、全員分、視る事が出来たはずですね。」
「否定はしないわ。でも、だから何?」
やっぱり。
「その段階で、nullさんが居ない事はわかったんじゃないですか? そして、舞を見つけた。」
摩耶先輩の眉がぴくりと動いた。
「舞の能力に気付いて、舞をそそのかしましたね。」
「さあ、どうかしら。」
摩耶先輩がとぼけるのは、想定内だ。
「そして、自分にファイルを見てnullさんを捜させたのは、nullさんを捜し出そうとしている者がいる事を、自分と、そしてnullさんに警告するためだったんですね。」
どうやってnullさんが、それを知ったのは謎だが、それらしい動きを、多少見える様にすれば、nullさんなら掴む。摩耶先輩も、恐らくそう考えたに違いない。だから、最後のあの言葉がnullさんから出たんだ。
「学校側が信用できないから、摩耶先輩が直接動いた。そんなところでしょう。麗美香の事も知らされて無かったようですし。」
摩耶先輩は何も応えなかった。ただじっと、バスが来る方角を見つめていた。綺麗なストレートの黒髪が、風に揺れている。
「バスが来たわね。じゃあ、私はもう行くわ。」
摩耶先輩とスレ違いに、ニーナがやって来た。
ニーナは、摩耶先輩にぺこりと頭を下げつつ、こちらに歩いて来た。
「間に合った。もうちょっとで、乗り過ごすところだった。乗り過ごしたら、待っててくれた?」
「お、おぅ、もちろん。」
摩耶先輩が気になっていたので、ニーナへの返事が上の空になってしまった。
摩耶先輩は、もう遠くまで立ち去っていた。
それにバスも到着したため、諦めた。もっと何か伝えたかった。それが何かよくわからなかった。
感謝と云えばまた違う。きっと、彼女は、みんなが上手くいく様に、いろいろと考えて、そして、そのためには自分自身が
プスッ
「いてぇよ。なんだよ?」
「コーイチ、摩耶先輩に見惚れてた。」
「み見惚れてねぇよ!」
ふんっ、という態度で先にバスに乗り込むニーナ。
後についてバスに乗る。
ニーナの隣に座ると、彼女はずっと窓から外を向いていた。
バスが出発してからずっと、ニーナに声を掛けられずにいた。時空の歪は閉ざされた。それは恐らく、ニーナが元の世界に帰るチャンスを失ったという事だ。ニーナは、これからずっと、この異世界に異邦人として、過ごす事になる。それはどんな気持ちなんだろうか。自分には想像できなかった。
「私、此処に居て、いいの?」
それは、夜中に部屋にやって来たニーナの言葉。
薄暗がりの中、恐らくは泣きじゃくっていたと思わせる鼻声だった。
「もちろんだ。此処はもう、お前の居場所だ。」
出来るだけ、はっきり、きっぱりと力強く伝えた。
「私の親友や、母上さまや父上さま、じいさま、知ってる人達は、たぶんもうみんな居ない。みんなの居た所にも帰れない。此処でも、何人か死なせてしまった。でも、もう行くところ無い。このまま、向こうの世界に行って死にたかった。」
ニーナは膝をついて項垂れた。
こんな時に一体何を云えば良いんだろうか。だれか知っているやつがいれば、教えてくれ。
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