第四十七話︰break the back of

 まだ動けそうにない麗美香を抱えて、屋上を後にする。

 麗美香は、ハルバードを持って行こうとしたが、取れるはずなく、泣く泣く諦めていた。


 メイ・シャルマールは、ひらりと貯水タンクから華麗に飛び降り、こちらの目の前に着地した。降りる途中、スカートが豪快にめくれ上がっていた。


 いろいろと見えてしまった気がするが、黙っておこう。


 校舎内に入り、念の為、鍵を掛ける。重い鎖を巻き付けた時、こんな重いものを麗美香のやつは軽々と巻いていたよなぁっと、作業の為やむなく廊下に寝かした彼女を見た。


 「なに?」


 眼が合ってしまった。

 ついつい視線がその唇にいく。緊急事態の人工呼吸とはいえ、口を付けてしまったのだと思うと、ドキっとした。顔が赤くなるのを感じて、そっぽを向く。


「なんでもねえよ。」


 そうだよ。変な気を起こすな。こいつは、金太郎だ。


 鍵をガチャリと掛けたとき、ほんとにこれで、一段落したと感じた。


「それでは、お二人さん、わたくしはこれにて失礼いたします。」


 メイ・シャルマールは、仰々しく深々とお辞儀をした。


「ああ、またな。」

「もう、逢わない方がいいですよ。」


 何だこいつ。連れないやつだなぁ。


「だって、わたくしと逢うとき、それはきっと、今日のような、世界の危機でしょうから。」


 そう云うと彼女は、とんがり帽子のつばを摘んで、会釈をして、去って行った。


 舞とは逢うかも知れないけどな。そう云おうとしたが、思い留まった。あいつのこの芝居掛かった雰囲気創りに乗ってやりたくなったのだ。



 そして、麗美香とふたり、踊り場に残された。


「何してんの? そろそろ帰ろうよ。」

「お、おう。」


 帰ろうと階段を降りかけると、スボンの裾を掴まれた。


「わたしをこのまま置いて行く気?」


 廊下に寝転がったままこちらを見上げている麗美香。

 そうだった。こいつまだ動けないんだった。


 手を貸そうとすると、抱っこ〜って甘えて来た。


「おまえぇ。」


「だって、もう2回もしたし、後何回しても一緒でしょ?」

「変な言い回しはやめろぉ!」


 なんてこと言いやがる。こいつ信じられねえ。人が聴いたら誤解するだろう。な、ニーナ。


 え?


 いつの間にかニーナが踊り場に、AEDを持って立っていた。


「ニーナ、おまえいつからそこに?」

「2回もしたってあたりから。」


 おぅ……。麗美香をチラ見すると、ニヤニヤと笑っていた。こいつ、確信犯だな。はめられた。


「それで、何を2回もしたの?」

「そ、それは、抱っこだよ。お姫様抱っこ。ほら、こうして抱えるやつ。」


 そう云って、誤魔化すように、いや、実際誤魔化している訳ではないが、麗美香を乱暴にお姫様抱っこする。


「ひゃんっ! もう、乱暴なんだからぁ〜。」

「だから、変な言い方するなぁ!」


「それで、どうなったの?」

「別に、抱っこしただけだよ。その先は別に何もしてないよ。ニーナ。」


 ニーナは、キッとした顔をして、


「その話じゃ、なく、その話は、後でじっくり聴くとして、そうじゃなくて、ヤツらのことよ! 倒したの?」

「ああ、その事か。」


 麗美香が居ると、何か全部忘れてしまいそうだった。

 まったく、こいつは、おふざけが過ぎる。


「ヤツらは、屋上で動けなくなってるよ。ニーナが落ちてきた、時空の歪も、閉じた。だから、ヤツらは、もう現れない。」


 そう云ってから気が付く。それは、もうニーナは元の世界に帰れないという事だったんだ。


「そう……。」


 ニーナは呟いた。


「早く帰ろ〜よぉ〜。」


 麗美香が腕の中で暴れる。


 まったく、こいつは、空気を読まない奴だ。

 ん? いや、もしかしてこいつ、実は、雰囲気が暗くならない様にいつもこんな態度を取っているんじゃないだろうか?

 あまりにも、ナチュラル過ぎて解らないが。そうだったとしたら、実はこいつ、凄い奴なのかも知れない。


「わかったわかった。保健室行くか?」

「や〜。おうちかえるぅ〜。」

「はいはい。」


 なんで、幼児語なんだよ。


「ニーナ、帰るぞ。」


 こくりと頷き、後ろから付いて来る。


「あ、AED、返してくる。」


 ずっとAEDを抱えたまま、すっかりその存在を忘れていたようだ。後でバス停で合流する事にして、ニーナと別れる。


 小柄な女の子とはいえ、こいつの筋肉は凄い。やっぱりその分、その、つまり、重い。

 しかしだ。曲がりなりにもこいつは一応女の子だ。重いとは流石に云えないなぁ。

 リムジンの待つ正門まで連れてけと云われたが、果たして、そこまで持つだろうか?


 それに、もう夜だとはいえ、学校に残っている生徒も居るだろう。こんな姿を見られたら何云われるかわかったもんじゃない。


「お前は、いいのか? その、変な噂が立っても。」

「まあ、相手があんたってのが、しょぼ〜いんだけどねぇ。別に気にしないよ。それに、わたし、許嫁いるし。」


 何? 今こいつ、許嫁とか云ったか?


「ちょっと待てお前? 許嫁って」

「うん。爺様がいつも決めて来るの。」


 いつも? いつもってなんだ?


「許嫁って、なに? いつもって何?」


「許嫁っていうのは、爺様が勝手に決めた相手で、いつもって云うのは、会社都合で相手がよく代わるから。」


 許嫁が、ころころ代わっていいのか?

 わからん。住んでる世界が違い過ぎて解らない。


「許嫁が居た方が、こういうのまずいんじゃないか?」


 だってそうだろう? 破棄されたりするんじゃないの?


「ん〜、別にいいよ。こっちは別に要らないし。困るのは向こうだから。」


 だめだ。やめよう。これは、知ってはいけない世界だ。


「まあ、いいのなら、いいが。」


 

 リムジンまでの行程で、何人かの生徒に遭遇したけど、もう知らん。考えるのが面倒だ。

 まったく、こいつと関わると、ろくな事にならないな。


 リムジンに辿り着くと、運転手が直立不動で出迎えた。いや、ちょっと、手伝うとかねえの? そう思ったが、運転手は、無言でお辞儀をした後、リムジンのドアを開けた。


 麗美香を座席に座らせた。

 

「ありがとぉ〜。また、明日ね〜。」


 そう云って、可愛く手を小さく振った麗美香は、ほんの少し、可愛く見えた。いや、ほんの少しだからな。

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