絶望の淵を目の前に
彼は彼自身の寝床に横になり、私は近くにあった椅子に座っている。
「そろそろ聞いてもいいかな、君が偏食獏と出会ったその理由を」
彼は苦しそうに溜息をついてゆっくりと話し始めた。
「俺には……弟がいたんだ」
私はタオルを濡らして彼の汗ばんだ腕を拭いてやり、彼の話を聞く。
「簡単に言うとな、俺と弟は虐待にあっていたんだ」
「それは……両親にかい?」
「ああ、どっちにもだ。 親は俺と弟が同時に家に出ることを禁止し、片方が家にいない時には片方を家から出さなかった」
「君達が誰かに相談するのを避けたかったんだね」
彼は頷く。
「人質だ。親の計画通り俺と弟は誰かに助けを求める事すらもせず、ただ耐えていたんだ」
ここで彼は口を止める。大体の予想は出来るが……これは彼の口から引き出さなければならない。
「辛いのはわかる。でも話してくれ……でなければキミは死んでしまう」
彼は少しの間黙って、苦しそうに口を開いた。
「ある日俺が学校から帰ると……弟が死んでいた。親はやりすぎたと言って俺を捕まえようとした」
苦しそうな彼を見て冷感シートを取り替える。今の私にはそれくらいしかできない。
「俺はなんとか逃げた。助けを求めてもよかったんだけど……俺はひとり公園で座り込んでいた。そんな時……その偏食獏が現れたんだ」
「……そうか」
支えあっていた弟の死。それは彼を絶望の淵に追いやった。その淵を少しだけ遠くしたのが偏食獏だったのだ。
ともかく彼は記憶を取り戻した。それを受け入れる事が出来るかはまた別の話となるが……取り戻した事で偏食獏は立ち去り、熱も下がるはずだ。
「すまんひとね、少し寝る」
「ああ、ゆっくり休むといい」
寝ている間に熱は下がるだろう。そう私は思っていた。
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