続く怪奇の偏食活動

「……何故だ」

 彼が悲しき記憶を話してから一時間。熱は下がるどころか少し上がっている。

 偏食獏は一番辛い記憶だけで無く、それに関連した記憶も上書きしていく。

 偏食獏と出会った後に関連した大きな出来事があってもそれは記憶の奥底に行くという事だ。

 つまり、彼が思い出すべき事はまだあるという意味となる。

 私はポケットから取り出した飴を舐めて考える。何か手がかりはないか?

「虐待……軟禁……あれ?」

 彼と弟が二人虐待を受けていた時は片方を軟禁する事で口封じをしていた。ならば対象が一人となる今はどうなる? 逃げた彼を捕まえて、家から出さないのが普通じゃないのか?

 しかし彼はほぼ毎日地下図書館に来ている。弟を殺してしまった事で親が反省した? いや、直後に彼を追いかけたぐらいだ。

 ならば何故……

 思考は玄関からのチャイム音で途切れた。

「……はい」

「健斗君かい? 最近休日も昼にいないようだけど、どうした?」

 モニターに向かって手を振っているのはスーツ姿の男性。

「失礼ですがどなたですか?」

「あれ、健斗君じゃない?」

「彼……健斗は今出られません」

 曖昧に誤魔化そうとすると男性は親しみやすそうな笑顔を捨てた。

「……簡単に言うと一人で暮らす未成年のサポートと生存確認をする団体だ。県の証明が必要なら見せる、健斗君に会わせてくれないか」

 なるほど、この町にはそういう物があるのか。モニターに向けられた紙を見る限り本当に県の職員なのだろう。

「わかりました」

 私は玄関の扉を開ける。男性は捨てた笑顔を拾っていた。

「どうもこんにちは」

「健斗は今熱を出して寝ています。確認なら静かにお願いします」

 男性は少し身を乗り出して彼の寝ている場所を見る。

「なるほど……大丈夫?」

「はい、私が看病していますので」

「えっと……君は」

「私は彼の……」

 彼の、なんだろう? 友達、親友……何か違う。ずっと共にいる、これからも共にいたい……わからないな。

「腐れ縁です」

 私が笑顔を作って言うと男性は納得して帰って行った。

「チェックが甘いな」

 もし彼が寝ているのでは無く死んでいたらどうする。私が犯人だったらどうするつもりだ。

 いや、今はいい。関係のない事は後にしよう。

 でも今の出来事で一つ手がかりを得た。彼の両親は今現在この家に住んでいないという事だ。

 両親がいない。両親だけが転勤などをしたのか、彼が逃げてきたのかはわからない。でもその両親と離れているきっかけとなったものが忘れている物かもしれない。

「失敗したな……」

 さっきの男性に聞いておくべきだった。まあ、嘆いていても仕方ない。

「さて……」

 私は思考する。彼の両親はなぜこの場にいないのだ?

 一番最初に考えられるのは警察による逮捕。どんな形であれ、人を一人虐待で殺しているのだ。

「健斗、話せるかい?」

「……少しなら」

 返ってきた声はかすれている。質問は最小限に……

「キミの弟は……無事葬儀をすませたのかい?」

「葬儀はしたらしい……俺が逃げている間に」

「……なら、両親は逮捕されたんじゃないのかい?」

「いや……弟は溺死だった。川で見つかった……」

 どうにか偽装したのだろう。彼の弟の死は隠蔽され、弟は事故死となっているわけだ。

「ありがとう……少しだけ待っていてくれ」

 私は彼を寝かせているリビングを出て横の部屋に入る。

 部屋の中にあったのは大きな化粧台とベット。それから高級そうなクローゼットだ。

 クローゼットの中にはレディースのスーツ。

 クローゼットについてあった引き出しを開けると判子やら手帳やらが無造作に入れられていた。

 書類を見る限り、この部屋を使っていたのは彼の母親のようだ。

 弟は事故死扱い。この家は彼の一家が住んでいた家。

 この二つから両親が逮捕された説、彼が遠くまで逃げた先がこの地である説が消えた。

「……よし」

 一旦頭を整理しよう。今回の問題点を改めて考える。

 そう、今回の問題点は……

「この家にいるはずの彼の両親はどこに行ったのか……だ」

 私は小さく、そう呟いた。

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