偏食する半端モノ

 以前から気になってはいた。

 いや、それがあったからこそ私は彼に近くにいるように言った。

 でも私は認めたく無かった。それを認めると言う事は彼が、あのお人好しが辛い物語の主人公という事になってしまうからだ。

 わたしは彼の髪を撫でるようにかきあげる。

「……やあ、体調はどうだい?」

「よくは……無いかな」

「そうだろうね。気休めにしかならないけど使うといい」

 彼の頭に買ってきた冷感シートを貼って立ち上がる。

「食欲はあるかい? 料理は苦手だけど温める事くらいならできるよ」

「ありがとう、でも今はいいや」

 と、彼は弱々しく微笑んで体温計を服から出す。画面が映し出すはエラーのスペル。

 私はいつもと違う、彼の家の椅子に座る。そして彼を真っ直ぐと見つめて残酷な言葉を口にする。

「少し休憩したら聞かせて貰えるかな……君の過去を」


 *


 話は数時間ほど前にさかのぼる。

 いつもこの地下図書館にくる彼、名前は土戸健斗。お節介でお人好しで……記憶力が凄まじい。

 その記憶力は常軌を逸しており、一回覚えたものは決して忘れないらしい。

 いつものように彼と怪奇事件を解決し、雑談を交わしている途中に彼は突然フラフラとよろめきだした。

「どうしたんだい?」

 彼は頭を押さえ、小さく呻き声をあげて……倒れた。

「えっ!? 何? どうした?」

 さすがの私でも予想外の出来事だ。

 とりあえず彼を仰向けにして色々と確認する。

 ……心音あり、呼吸安定。手足に硬直は無し。

「健斗、聞こえるかい」

「…………」

「健斗! 起きるんだ!」

 何度か呼びかけたところで彼は目を開いた。

「……ひと、ね」

「異変はあるかい?」

「身体が……熱い」

 彼は話すことさえも苦痛といったように顔を歪める。

「わかった。もういい」

 そっと彼の頭を撫でる。異常な熱さだ。

 普通に考えればただの高熱だろう。しかしその熱を出したのが彼、土戸健斗ならば話は違う。

 前々から推測していたこと。彼の異常な記憶力が高熱に関連してくる。

 先にネタばらしをしておくと異常な記憶力は妖怪『偏食獏』のせいだ。

『獏』は夢を喰う怪奇現象、ならば偏食獏は何を喰うか……記憶である。

 偏食獏は記憶を喰う為に人間の記憶力を異常に上げる。本来の力より無理やりに吸収された記憶は頭を圧迫する。

 そして脳に限界が近づくと……高熱を出す。

 知恵熱とも呼ばれていた怪奇現象だ。因みに頭の使いすぎによる知恵熱は誤用であり、本来は『偏食獏』と呼ぶべきなのだ。

「何かはわからないけど辛いだろうね……」

 獏が悪夢を好むように、偏食獏は悲しい、嫌な記憶を好む。

 それでいてこの触るのも辛い程の高熱は……大きな偏食獏だろう。

 それはつまり……彼が死にたい程悲しい、嫌な記憶を持っているという事の証明となる。

 この現象を解決するには……喰われてしまった悲しき記憶を取り戻さねばならない。

 私は彼の頭に濡れタオルを載せる。

「君には辛い過去がある筈だ、脳に限界がきて、偏食獏の影響が少ない今なら思い出せる筈……君はいつ偏食獏に出会った?」

 この高熱で考えるのは苦だろう。しかし今思い出さなければ……死に至る。

 わたしは彼に問いかける。

「偏食獏というのはわかるだろう? 君が一番辛い時に現れたヤツだよ」

 彼はゆっくりと頷く。

「わかる……何故今まで忘れていたんだろうな」

「偏食獏が抑え込んでいたんだよ」

 私は彼に偏食獏の詳細を話した。

「そっか……そうだったのか」

 と、ゆっくり起き上がった。高熱に少しなれたようだ。

「立てるかい?」

「なんとか」

 私は彼の肩を支えて言う。

「じゃあ立てる間に移動しよう。記憶を正確に思い出すにはいつも記憶の整理をする場所、君の寝床が一番だ」


 回想、終了。

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