カラスの問題定義

「えっと……じゃあ今日の朝から話をしますね」

 因みに今は昼の二時である。腹が減って仕方がない。

 ひとねが頷くのを見て女性が口を開く。

「今日の朝……えっと、六時くらいに私は起きました。その時にはこの子に変化は見られませんでした。

「朝の九時くらいにこの子が起きて泣き出し、ミルクを与えました。

「それからは特に何も無く、正午頃、やけに静かだな、と見に行ったら……」

「赤ちゃんが二人に増えていた、と」

「はい、母親ながら見分ける事も出来なくて……」

「それは当然の事だね。妖怪によるドッペルゲンガーを見分けるのは難しい、それが赤ちゃんならばなおさらだ」

 ひとねにしては珍しく気を使っているが……こいつは敬語を知らないのか。

「はい……その、これで全部ですけど」

 ひとねは顔を下に向けている。何か考えているようだ。どうも俺から見ても情報が少ないような気がするのだが……

 少しするとひとねが顔を上げて女性に質問を始めた。

「……今、赤ん坊はなにが出来る?」

「何が……ですか?」

「歩くとか話すとか」

「そういう事はまだ何もできません。座る事もまだできませんから」

 ひとねがため息をつく。

「なるほど……また厄介な」

「手足を動かすのでは判断できないのか?」

「無理だね……とりあえずぺんたちころおやしついて説明しようか。今回の状況も整理しておきたい」

 ひとねは立ち上がって得意げに言った。

「お勉強の時間だよ、ワトソン君」

「…………」

 誰がワトソンだ、誰が。



「ぺんたちころおやしはアイヌ辺りに伝わるカラスの妖怪だ……というような専門的な知識は必要無いかな。今回必要な事だけ話そう」

 ひとねは部屋の中で一人立ち上がり、得意げに話す。

 こいつの知識は相当なもの……かとも思ったが、出発直前に何か資料を読み込んでいたのを見ているから驚きはない。

「ぺんたちころおやしがどちらかというのが分かれば解決は早い、私が対処する」

「どうやってだよ」

 ひとねはポケットから数枚の札を出した。

「この札を貼ってやればいい。低級妖怪なんてこれで一発だ」

「……ならどちらにも貼ればいいじゃないか」

「残念ながら赤ちゃんはこの札に耐えられない。死にはしないが強い後遺症が残ってしまう」

「見分ける方法はあるのか?」

「記憶と動きで判断するんだけど……今回は不可能だ」

「じゃあどうすれば……」

 女性が少し大きい声を出す。ひとねは女性を抑えて口を開く

「ぺんたちころおやしは対象の姿形をコピーする。しかし中身、臓器などのコピーには時間がかかる」

「じゃあ完全な人間ってわけでは無いのか」

「そうだね、カラスの幽霊が乗り移ったと考えてくれて問題は無いだろう」

「なるほど」

 だからひとねは歩けるかを聞いたのか。人間とは違う足をもつカラスでは人間の足を上手く扱えない。そういう事だ。

「つまり」とひとねは今までの事を纏めて言い直す。

「今回の条件で赤ちゃんに出来てカラスに出来ない事。それを見つければいいんだ」




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