第一章 情報次元からの来訪者

第1話

元原もとはら 博允 ひろのぶは楽しくなっていた。本来であれば戸惑いつつも静かに席を立つというのが大人の対応なのであろうが、ふと魔がさしたのである。自分の口に運ぼうとしていたフライドポテトを相手の口元に差し出したらどうなるだろうかと。



数ヶ月に一度ぐらいのペースで、無性にジャンクな食べ物を欲することがある。同僚のランチの誘いを断って独りで職場近くのファーストフード店でありきたりのセットを食べていた時にそれはおこった。

元原はバーガーをすべて食べきってから、ポテトに手をつけることをポリシーとしているのだが、いよいよそのポテトに手をつけようとしていた時だった。おもわず手がとまり口があいたままになる。

見ず知らずの女性がさもそこに座るのが当然のように相対して正面に座ったのである。



女性は、何も言わずにこちらを見つめる。


「あの?まわりの席・・・、あいていますよ?」



促すように、まわりを見回すが、昼時に「これでお店大丈夫かよ」と思う程度の人数も入っていない。つまるところガラガラの店内である。女性はまわりに目もくべずこちらを見つめたままだ。



「あれ?もしかしてどこかでお会いしました??」



無理に表情をつくり、にこやかに問いかけてみるがうんともすんとも反応はなく、痛いまでにまっすぐ見つめ返してくる。



ごく薄くではあるが化粧もしている。着飾ってはいないが綺麗な身なりだ。育ちの良さそうなお嬢さんという感じだし、端正な顔立ちは控えめに評価しても美人である。

年の頃も自分とそうはかわらず、まあ22~3歳ぐらいだろう。

大学生にしては落ち着いた感があるが、その分、何も言わずに見ず知らずの人物の前に座り込み黙って見つめてくるのはものすごい違和感がある。あまりに堂々とした様から、なにかこちらが悪いのではないかという気分にさえさせられる。



セールス?宗教の勧誘? いや、友達との罰ゲームとかそんなところだろうな。

からかわれていると思い至った時に、少し仕返しをしてやろうという感情がむくむくとわいてきた。

友達も店の外からみてこちらの反応をみて笑っているのかもしれないが、サプライズにはサプライズで返すべきなのである。そのお淑やかに澄ましたカオが崩れて狼狽するのが見たくなったのだ。





「はい、あーん」


おもむろに、相手の眼前にポテトをつきだした。

周りが見えなくなった熱中熱愛カップルでも、そうそうお目にかかれない「おくちあーん攻撃」である。そんなことを初対面の男からやれたら、驚いて、どんなポーカーフェイサーでも素がでるとおもったんだ。



でも、女性は何度か匂いを嗅いだあとに、そのままパクリとポテトを食べてしまった。表情も崩さず、もぐもぐとしている。




くやしい!

なにこの負けた感。




あまりの悔しさに、彼女がポテトを飲み込むたびに、ポテトを突きつけた。

そのたびに、食べられてしまうポテト。

テンポが送れると、口をあけて待っている。

途中から楽しくなってしまった。これはあれだ、野良猫の餌付けに成功した清々しさだ。



やがて手持ちのポテトを食べつくされたが、彼女はいまだすまし顔でこちらを見ている。勝負はオレの完敗だ。だが、ここまで徹底していたら負けでいい。




「ほれ、これ紅茶ね。まだ口つけてないから飲むといいよ。」



結局、オレは昼食はバーガー以外をこの乱入者に奪われ、そして一方的な会話を終了し仕事に戻ったのだった。




すこし奇異な体験だが、いくどか同僚と話しのネタにしたあと忘れるであろう些細な出来事のはずだった。そう、この程度であれば忘れられる出来事のはずであった。

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