第2話

成人男性の昼食がハンバーガーひとつでは会社から帰るころにはお腹が空くというもの。なので、焼肉弁当とスパゲティまで買ってしまったのも、さらには明日の朝食分と称して惣菜パンをいつもの倍ほど買ってしまったのもやむないことだろう。腹が減っているときの買い物はあまりよろしくない結末をもたらす。



その、せっかく温めてもらった弁当を部屋にはいる前にマンションの廊下で落としてしまったのだが、これもやむないことなのだ。なぜかって?女性が部屋のドアの前に立ってこちらを見ていたからだ。誰かというと昼にあったあの女性だ。



いや、いやいや、いやいやいや・・・。確かに職場と自宅は近い。昼飯で寄ったファーストフード店もこの界隈だ。だけれども少くとも歩いたら30分はかかる距離のところにある。尾行された?じゃあなんでオレより先にオレの部屋の前で待っているのだろうか?彼女とオレの間では会話は成立しなかったはずだ。住所も教えてない。いくつもの疑問点があたまにうかぶが、あまりの想定外の出来事にその反応はいたって普通のものとなった。




「えっと・・・? 何か用ですか??」



彼女はまっすぐ見つめ返すだけであいも変わらず一言も発さない。

なんなんだろうか、この刺し殺すような眼力にみつめられたいたたまれなさは。

何も悪いことはしていないはずなのに叱られている気分だ。




気をもちなおし、落としてしまった弁当を拾い直すと、ツカツカと近寄りそこに人などいないかのようにに黙ってドアのカギを開ける。ドアをスッとあけて、スッと部屋に入りこんでバタンとドアを閉める。ガチャリとカギをしめるのも忘れない。


そう、手に余ると判断したオレは見なかったことにするという手段を採用したのだ!


靴を脱いで、ふぅ、ひと一息をついてから部屋にあがり、照明のスイッチを押して明かりをつけ、ドアの向こう側にいるものについては考えないことにした。

膝ほどの高さのテーブルに弁当をおいて、ネクタイをゆるめ少し落ち着こうとしたときに、玄関のほうで音がした。


閉められていたカギがガチャリとあけられ、玄関から彼女が入ってきた。

そして、さも当然のようにドアを閉め、オレがそうしたようにカギをしめなおす。

そしてローヒールの靴を強引に脱ぐと、そのままあがってきて、ふぅ、ひと一息をついてから部屋の明かりのスイッチを押す。当然、ついていた明かりは消える。




「ちょっと!勝手にあがりこんできて、ナニしてんの!?」


温厚なオレもさすがに御気を荒げる。スイッチを押しなおし部屋の照明をつけなおす。女を押しのけた際、一瞬、ふわりとだけ触れたが異様な軽さを感じた。

身軽な女だ。この暗いなか避けやがった。



部屋に明かるさが戻る。


「さすがに警察呼ぶよ!?いや、君の場合は病院か??」


沈黙。


「君は、喋れないのか?」


女は答えず無視するように、テーブルの前に正座で座り込んでから、口を「あーーーん」っとあけて、こちらを見る。



「・・・。」


何、これ? 昼のファーストフードで餌付けに成功しちゃったのか?

よく見れば女は、綺麗な身なりのわりに荷物の類を一切持っていない。

家出少女っていう年齢でもないだろうに。



腹が・・・減っているのか?

まあ飯ぐらいくわせてやるか。

たまたまだが、弁当も2つあるし。いや、たまたまじゃなくてこいつが原因だったな。



「ほら、女子ならみんな大好きパスタ。ミートソースだ。」


スパゲティのお弁当容器を彼女のほうに突き出すと、オレは自分用に焼肉弁当の包材を破き、割り箸をわった。



「いただきます。」


腹が減っていたオレは、この怒涛の展開を無視するかのように弁当をほおばった。

現実逃避の手段その2である。食べて忘れるである。もぐもぐもぐ。



「ほれ、食えよ、冷めるぞ?」


女は弁当のフタを開けようともせず、ただ、弁当をみつめている。

そしておもむろに俺の食べかけの焼き肉弁当と箸をもぎ取ると、お肉でご飯をまくようにしてほおばりはじめた。弁当を奪われたほうも唖然の男のような豪快な食べ方だ。



なるほどね、そっちが食べたかったわけですか・・・。

俺はしかたなく、パスタの風をあけ付属のフォークでくるくると巻いてお上品に食べた。美味しいんだけど、なんだろうこの敗北感は。




***



食べ終わって、一息つきたいのだが、あまり先延ばしにもできないことを処理せねばならない。



「もしもし警察ですか?」


そう、一小市民には負えない事態だと判断し国家権力に頼ることにしたのだ。女は相変わらずこちらをみているが、動揺はないようだ。



「すいません、身元不明の女性を保護したのできていただくことはできますか?えぇ、住所は・・・」



通報から十数分がたち、インターフォンが鳴る。歳のころ50歳ごろの警官が立っていた。


「こんばんは、警らのものですがこちらから通報があったのでまいったのですが?」


「ああ、おまわりさん!ありがとうございます!!見ず知らずの女性が急に部屋にあがりこんできて困ってたんです。」


「ほぉ、で、その方はどちらに?」


「えっと、部屋でご飯食べたあと眠っています。」


半身になって部屋をみせるようにするとおまわりさんは肩越しに部屋を覗き込む。テーブルにうつ伏せになって寝ている女を見る。女はいつの間にか静かに寝息をたてていた。


「ん?寝てるの? ・・・。歳の頃はいくつぐらいの女性?」


「22~3ってところじゃないですかね?」


「・・・。えっと、からかってるの?痴話喧嘩とかで通報されるとか業務妨害なんだけれども。」


「いや、本当なんですって!知らない人なんです!」


「民事不介入っていってね、とくに男女間の揉め事に警察がわってはいることはないんだよ。強引につれこんだようでもないようだし、まあ、いずれにしろ寝てるんだよね?寝てる子供と女房はおこすなってのが夫婦円満の秘訣だよ。

まーーまた明日だね。なにかあったらまた交番のほうによってよ。交代のものには話しわかるようにしておくからさ。

今日のところはわるいんだけど、そのまま君が保護しておいてもらえるかな?」




世の中はままならぬものだと、むせび泣きながら、

現実逃避の手段その3、寝てしまうことにしたのだ。

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