第3話

ベットからおきて、床で寝ている人を踏みつけそうになってギョっとした。

そうだ、この乱入してきた正体不明の女がいるのだった。

女は膝をかかえ丸まるようにして寝ていた。じつに幸せそうな寝顔である。

さすがに寝ているときまではポーカーフェイスは無理か。

少し声をかけてみたが起きそうもない。のんきなもんだ。




見ず知らずの狼藉ものにベットを譲るほど紳士ではない。なにせこの部屋はオレの部屋だ。クッションを枕にした着の身着のままの雑魚寝だが、毛布を譲ってやっただけでも感謝してほしい。

オレは今日も普通に会社にいかねばならぬのだ。働いていくばくかのお金を稼いで家賃をはらって、そしておまんまをくっているのだ。その勤労者がよくわからないトラブルで疲れを貯めて仕事をしに行くわけにはならぬのである。

飯どころか寝床まで奪われてたまるか!



顔を洗い、パジャマにしていたスウェットからスーツに着替え、朝食に昨日買っておいたパンをたべようとしたら、すべてなくなっていた。あたりを探すまでもなくなくなっていることがわかった。テーブルのわきには無残にあけられた袋がいくつも転がっている。




こいつ・・・!

信じられねぇ、あれだけの量をいつのまに全部食いやがった・・・。





「おい!おい!!」



寝ている女をゆすって起こす。

ようやく顔をあげた女は眠そうに半目で不機嫌そうだ。初めて感情の篭った表情をみせた。美人の睨みつけは怖く、怯んでしまう。

おもわず手を離すと、女は毛布をかぶって寝てしまった。



表情をひきつらせ、思わず後ずさる。



冷蔵庫をあけ中から牛乳をとりだし、レンジで温め、お湯をわかし、茶葉から蒸らした濃い目のミルクティーを入れる。しっかりと3分蒸らす。

・・・ふう。人間怒ってばかりじゃいかん。冷静になることも必要だ。寛容の心でこの狼藉者の所業を許そうではないか。


そうだ、ティータイム用のショートブレッドクッキーが棚にあったはずだ。気分転換用とってきおきの高級なやつ。さすがにそれだけでは昼まではもたないが、腹のたしぐらい・・・に・・・は?



あれ・・・


棚にはちぎられた、紙箱と無残な食べ散らかしがあるだけだった。



「あー。なるほど、なるほどね。」


紅茶をぐいっと飲むと、テレビを付けてボリュームを大きくした。

チャンネルを変えて普段はみないような衛星放送の国際経済ニュースだ。

カーテンをあけて、窓を開け放つ。初秋のすこし涼しい空気に入れ替わる。



女はそれでも起きてくる気配がない。

しかたない、朝食は通勤途中ですませよう。


出勤前に女を駅前の交番にでも送り届けようと思ってたのだが、そこで下手なトラブルになれば就業時間に間に合わないかもしれない。

見も知らずの人間を部屋に残して外出するのは不用心の極みであるが、どうせ盗られるような高級品はないし、鍵をあけてはいってくるような非常識な奴だ。いまさら用心もあるまい。


さすがに窓は締め、テレビのボリュームを少しだけ下げ、念のためテーブルに書き置きをして会社に向かうことにした。




ああ、もうこんな時間だ、急がなくては。




***



いつもより、少し遅いぐらいの時間に自分のワークデスクに到着した。社会人2年目のペーペーに遅刻など許されない。


「先輩おはようございます!」


「ああ、おはよう。ん?あれ元原か?おまえなんで今日ここにきてるんだ?」



「えっ・・・!?」


「今日から配属変わったとかじゃなかったっけ?あれ???」



先輩の気分を損ねるようなことを何かしただろうか?

新手のいじめだろうか?社内リストラ??


「やだなぁー、先輩、そんなの聞いてないですよ??」


「いや、ほんとだって、課長に聞いてみろよ。」


先輩があまりにも真面目な顔でいうので、缶コーヒー片手に新聞を読んでいる課長のデスクへと向かう。


「課長、おはようございます!前石先輩がなんか自分の配属が今日から変わったっていっているんですが?」



課長は上目遣いにメガネの隙間からオレの顔を見る。


「ああ、元原か。そうだな、今日から配属変更だったよな?あれ・・・。どこに変わったんだったか。確か昨日お願いしていた仕事もあったはずだったんだが。おかしいな、どうなっていたんだったか。」



眉間にシワをよせて、首をひねっている。


「いや、しかし、配属変更は確かに本日からはされているはずだな。うむ。何か思い違いをしているのかもしれん。元原。悪いが自分で人事部にいって確認してこい。」



課長や先輩、その話しを聞いていた同僚まで、課の人たちがみんな首をひねって思い悩んでいる。オレはさっぱり状況がわからないので人事部に向かうことにした。






「営業企画部3課の元原ですが、今日付けで配属変更がされていると課のものから言われたのですが何か辞令がでているのでしょうか?」


「えぇっと、あぁ、元原さんね。出てるよ出てる。なー、出てたよな?」


人事部のおじさんは、いくつものバインダーを開きながら同僚にも確認をする。


「あれ、辞令どこいったかなぁー。確かに見たはずなんだけど。見当たらないなー。」


人事部の人たちが3人ぐらい集まってパソコンやらアナログのファイルやらを15分ぐらい探していたが、見つけられなかったようだ。


見つけられないやごめんねとばかりに事務員のなかでも偉そうな人物が口を開く。


「まあ、覚えてるから口頭で説明するね。確か教育担当になったはず。勤務場所は自宅だね。正式な見つかり次第、後で届けるよ。じゃ、今日はもう自宅に戻って!」





「勤務場所が自宅???」


命令している本人たちも曖昧でなにか腑に落ちない様子のまま、オレは就業時間まえに会社から退社を命ぜられたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

(SF)量子のもつれは超ひも理論 のーはうず @kuippa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ