第11話 クラスメートと嫌な奴
それから、その日はすぐに学校の横に並ぶ学生寮へと案内された。伊織たち男子は少し古ぼけた西館へ、理音や花梨たちは東館へと向かった。
人数が少ないせいもあってか、伊織たちには一人一部屋が与えられていた。しかし、家柄のせいなのであろうが、リリィとルチアには最上階の少し豪華な部屋が与えられているのが気にくわない。
「酷いもんだぜ。確かに人間なんか、悪魔の偉い奴から見たらクソみたいなもんかもしれねぇけどさ。にしても扱いが違いすぎだろ!」
風雅はベッドの上で悔しそうに言った。
伊織に与えられた部屋は、そう広くはなかったが、しっかりした木製のベッドと机があり、クローゼットも備え付けられていた。食事は一回広間で好きな時間に取ることができ、入浴も大浴場がある。生活していくには十分だろう。
「しかも、あの千里とかいうやつもさ!同じ人間上がりなんだから仲良くしてくれればいいのに。感じわりぃ」
しかし、いくら何でもいきなり一人知らない場所に放り込まれても居心地が悪いだけだろう。親睦を深めるためにも、ちょっと話そうぜ、と風雅の提案に伊織は頷いた。
食堂にいた千里にも声をかけてみたものの、馴れ合うつもりはない、との厳しい答えが返ってきただけだった。
「まぁ…本人にその意思がないなら仕方ない…だろ」
敬語を使わなくてはいい、とは言われたものの、二歳も上の相手に対してそうすぐに砕けた態度を取れるわけがない。千里でさえ自分より一つ上なのだ。あまりきつく責めることはできやしない。クラスの中で伊織より年下なのは15歳の花梨くらいなものなのだ。
「伊織は優しーな」
風雅は笑った。
「俺をここに連れてきてくれた人…っていうか、悪魔なんだけど。その人がすっげーいい奴でさ。大人って感じでかっこよくって。普段は人間界で生活してるらしいんだけど…だからかもな。俺にもすげー優しくってさ。だから、悪魔ってのはみんなこんないい奴なんだって思って たんだよ。…悪魔なのにいい奴ってのは変か」
風雅は苦笑した。
「確かに。俺もシャネル…俺を連れてきてくれた人だけど、いろいろ俺に教えてくれたし、紳士的だった。だから学校でのことは意外っていうか…」
街中で見た悪魔たちも友好的そうで、人間と変わらないようだった。だから伊織も、無意識に安心していたのかもしれない。
「そうそう、その、シャネルさんのことだけどよ」
風雅は起き上がって言った。
「あれって、この魔界の王子様だろ?」
思わぬセリフに伊織は驚く。
「まさか!そんなこと一度も…」
「でも俺の指導者…あ、こっちでは魔界に連れてきてくれた人をそう呼ぶらしいんだけど、俺の指導者はこの国には王子が二人いて、その片方の名前を、確かシャネルって呼んでたんだよ」
風雅の言うことが本当なら、伊織は初対面の…しかも王子様に向かって随分失礼な口をきいていたことになる。
「まじ、かよ…」
伊織はさっと血の気が引く思いがした。
「まぁ、本人も何にも言ってないのなら違うのかもな!」
風雅はまたごろりとベッドに寝転がる。
「俺たち、どうなるんだろうな…」
風雅の呟きは虚しく空に消えた。
♢♦︎♢
翌日、少し余裕を持って登校すると、すでに数人の生徒が来ていて話をしていた。伊織と風雅が教室に入ると、彼らはピタリと話をやめてこちらを見る。
なんとなく、こういった雰囲気には慣れている伊織は、何も気にせずに昨日と同じ席に座った。
「おはよう!二人とも!」
「おはようございます」
先に登校していた理音がひらひらと手を振り、横にいた花梨がぺこりと頭を下げた。
「おっす」
風雅はどんと音を立てて鞄を机に置き、椅子に腰掛けた。ちなみに、鞄も今着ている制服も、学校側から支給されたものだ。黒を基調にしたブレザーに、赤いラインが入っている。胸元にはこの学校の校章…蛇をイメージしたエンブレムが入っていた。
「早いんですね。えっと…」
理音に声をかけようとして、伊織は戸惑った。昨日の自己紹介の中で、理音は苗字を言っていなかった気がする。さすがに初対面の女の子相手に、いきなり名前で呼ぶというのには抵抗があった。
「あぁ」
そんな伊織の様子に、理音は悟ったようだった。
「私ね、孤児院育ちだから苗字がないの。正確にはわからない、かな。物心つく前に、孤児院の前に捨てられてたらしいんだよね。理音って名前と一緒に」
思わぬ話に、伊織はたじろいだ。
「やだなぁ、そんなに気にしないで!私自身気にしてないんだから!人間界では孤児院の先生がくれた、如月って名前があったけど。あ、二月に来たかららしいんだけどね。でもここではもういいかなって。だから、気にしないで、理音って呼んでくれると嬉しいな。あと、敬語もいらない。クラスメートでしょ?ここではみんな、堅苦しいのは無しにしよう。ね?」
最後は花梨の方を振り返って聞いた。
「あ、はい!」
伊織よりも年下の花梨はなおさら抵抗があったのだろう。伊織も素直に頷いた。
「悪魔は年齢とか気にしたりしねぇみたいだぜ。力の強い方が偉いんだと」
指導者が教えてくれた、と風雅が言った。
「そーそ。人間ってよくわからない概念に囚われたりするよね。面倒くさくないの?」
突然掛けられ、四人は反射的に声の主を見た。
「どうも。僕、リリィ・ギーズっていいます。って、昨日もいったか」
そこで興味深そうに伊織たちを見ていたのは、昨日伊織と目があったあの金髪の少年だった。リリィの少し後ろでは、長い黒髪の少女、確かリアム・メディチと名乗った少女が眉をひそめて立っている。明らかにリリィが伊織たちに話しかけたことが不服なようだ。
「なんか用かよ」
風雅が刺々しく言い放つ。
「うん、ちょっと君たちに興味があって」
リリィはそんなことは気にもとめていないようだ。真っ直ぐ伊織の前まで歩み寄って言った。
「僕は君の指導者でこの魔界の王子であるシャネル・キャロライン様の従弟でさ。つまり、王家と最も近しい上流貴族、ギーズ家の正統なる嫡男なんだ。ま、人間の君たちに言ってもわからないだろうけど」
伊織はそこで初めて、昨日風雅が言っていたことが正しいのだと知った。
「こんなひょろっちい人間をどうしてシャネル様が連れてきたのか、僕には全くわからないけど…シャネル様の推薦なら、さぞ強い力を発揮するんだろうね」
リリィは伊織に顔を近づけて囁いた。
「期待してるよ。人間の条善寺 伊織くん♪」
ふふっと笑みをこぼし、リリィはまた自分の席に戻っていった。後ろにいた少女、リアムは伊織を鋭い眼で一瞥し、ふんっと長い髪を翻してリリィのあとに続いた。
「…嫌な奴」
横にいた風雅が、伊織の気持ちを見事に代弁してくれた。
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