第9話 仲間と学校

中に入ってみると、それが学校であるということを改めて実感する。廊下には幾つかの教室が並び、プレートがかかっていた。


「あれ…でも、これだけ?」


明らかに少ない教室の数に伊織は首をかしげる。伊織の元いた学校はそれなりに生徒数も多く、設備も充実した大きな学校だったため、なおさらその差が顕著に思えた。


「在学期間は一年だけだからな。人間のように学年というものは存在しない。その上クラスも一つだけだぞ。学校に入れるのはそれなりに裕福な魔界貴族の子供か、俺たち一級悪魔に見初められた人間のみだからな。加えて言うと、年齢も関係ない。入りたいときに入ればいい。まぁ、大抵が十代後半ってところだろうがな」


伊織はそんなものかとシャネルの言葉を受け入れた。


「詳しくは教師かクラスメートにでも聞け。くれぐれも厄介ごとは起こすなよ。…といっても無理な話だろうがな」


シャネルは一番奥の教室の扉を勢いよく開いた。



教室中の視線が痛いほどに突き刺さる。


「遅くなったか」


シャネルの言葉に、黒板の前に立った女性が首を振る。


淡い桃色の髪は緩く巻かれて肩にかかり、オフショルダーのワンピースから覗くきめ細やかな肌とふくよかな胸に否が応でも目がいってしまう。伊織はバツが悪そうに視線を逸らした。


そんな伊織の反応には慣れっこなのか、彼女は気にも留めないようで、艶やかな声で言った。


「いいえ、シャネル様。それから…伊織くん、ね。適当に座って。今始めようと思っていたところなの」


「あぁ。伊織、行ってこい」


シャネルはそんな彼女にも全く動じていないようだった。伊織は少し悔しく感じたが、頷いて言われた通りに教室の中に入って行った。


そんな伊織を見てから、シャネルは女性に向き直り、少し小声で言った。


「それじゃあ、あいつをよろしく頼む。なんていったって、伊織は俺がスカウトしてきた人間だからな。それなりの力を発揮してくれるはずだ」


「はい、シャネル様。お任せください」


彼女はシャネルに向かって恭しく礼をした。

そんなやり取りにも、教室の一部がシャネルと伊織を冷ややかに見比べていることにも、伊織はまだ気づかずにいた。


「それじゃ、伊織。また会おう」


シャネルはそれだけ言うと、教室を出て行った。全く見知らぬ人たちの中に1人取り残され、急に不安が押し寄せた。


無造作に並んだ机に、伊織と同じくらいの年頃の男女がまばらに座っている。そう広くはない教室の中で、不自然に分かれた生徒の座り方に伊織は疑問を感じた。なにやら、すでに二つの派閥に分かれているかのような。全体の人数は十…十一といったところか。


「おう!こっちだ!」


茶髪の背の高い男子が手を上げて伊織を呼んだ。屈託ない笑顔で笑う彼は、伊織を教室の後ろの方へと導いた。


机の間を歩いていく間、生徒が皆自分を見ているのがわかった。冷たく、まるで責められるているかのような視線に、伊織は気づかないふりをする。


金髪の少年の横を通り過ぎようとしたとき、ふと目が合ってしまった。興味深そうに伊織を見つめる彼の口元は、微かに笑みを浮かべている。

ふいに恐ろしくなって、伊織はすぐに目を逸らした。


「おう!遅かったな。お前が最後の一人だ。さっき、先生が今年の人間上りは五人だと言っていたからな。お前は人間なんだろうと思ってたんだ。ここにはもうすでに四人いるし…そうじゃなきゃ見分けが付かないからな!」


彼はそう言って伊織に隣の席に座るように言った。伊織より少し年上のようだ。

彼の言う先生というのは、あの女性のことのようだ。人間の世界なら、まず教師としては問題になりそうではあるが。


「俺は一ノ瀬 風雅いちのせ ふうが、18歳だ。お前は?」


彼はそう名乗った。

ついさっきシャネルから聞いてはいたが、やはり年齢の違う人間がクラスメートというのは違和感がある。


「条善寺 伊織、16です」


伊織が言うと、風雅は案の定目を丸くして言った。


「条善寺って、あの条善寺か!?」


初対面の人に名乗ると、必ず返ってくる反応だ。もう慣れはしたが、あまり気持ちのいいものではない。名前というのは、この身に一生ついて回るのだろう。


「そっか…。でも、ここじゃ関係ないよな!」


「え?」


風雅の言葉に伊織は首をかしげる。


「だって、俺たち悪魔になるんだろう?もう人間の時の名前とか関係ないじゃん」


風雅も不思議そうに言った。

あぁ、そうか。それでいいんだ。

伊織は少し肩の荷が下りたように感じた。魔界に来る、というのはそういう意味でもあったのか。

伊織はふっと頬を緩ませた。

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