第6話 伊織と悪魔
学校から飛び出した伊織は、街の雑踏で大きく伸びをした。
「さて、どこにいこうか」
こうなると、もう条善寺の家には帰れない。
「ははっ…司、お前のせいで俺の人生めちゃくちゃだよ。なぁ、どうしてくれんだ?」
そう独り言のように呟いてみたものの、返事など帰ってくるわけがない。
それでも、伊織のするべきことは見えていた。
「まずは、あのよくわからない天使とやらを見つけて一発殴らねぇと。あと、司にもな」
それからのことは、どうにでもなる。そう思い、足を踏み出した。
その瞬間、不思議なことが起こったのだ。
多くの人が行き交う賑やかな街中から、突如音が消えた。人々はその場に静止したまま、ぴくりとも動かなくなっていたのだ。
伊織は辺りを見渡して思った。
…なにかが、来る。
伊織の背後から、低い声が聞こえてきたのは、その直後だった。
「ほぅ。随分と肝の座った人間だ。悪くないな」
後ろから声が聞こえて振り返る。
そこにいたのは、銀色の髪をした青年だった。確かに人の形をしてはいるものの、どこか怪しげで凶々しく、その様子は、あの天使と少し通ずるものがあるように思えた。
「俺の名はシャネル・キャロライン。悪魔だ」
「へぇ、天使様の次は悪魔ですか」
伊織が一切動じずに答えたのを見て、シャネルは微かに笑った。天使が来て、親友が忽然と姿を消し、周りの人間の対応まで変わり。もう悪魔くらいで驚くことはない。むしろ、天使がいるのだから悪魔くらいいて当然ではないのか。
「お前の友人は生きているぞ」
シャネルの言葉に、伊織ははっと息を飲んだ。
「司が…!?」
「あぁ。天使はそう易々と命を消したりはしない。天使だからな。その代わり、改心させて再利用しようとする。まるで道具のように」
目の前が真っ暗になるようだった。
司が…?ならば彼は今どこで何をしているというのか。生きている、そうシャネルは言ったが、それは生きていると呼べるのだろうか。
「司は…どうなるんだ?」
「さぁな。俺にもわからん。ただ…手遅れになる前に取り返すことができるかもしれないぞ」
伊織は顔を上げた。
シャネルのまっすぐな瞳が伊織を捉えている。それは、天使よりも美しく力強いものに見えた。
「お前、天使が憎いか?」
しっかりと、低い声でシャネルは問う。
「あぁ」
自分でも驚くくらいに低い声が口をついた。
「ふっ…ならば俺とともに来い。力を与えてやる」
「悪魔と契約しろと?寿命を渡せとでも言うのか?」
シャネルは伊織の答えに満足したようだった。
「そうだな。大差ないだろう。ただし、契約するのはお前の身体、つまり、お前が悪魔になるんだよ、条善寺 伊織」
「へぇ」
悪魔になる。
それがどんなことだかは知らない。
ただ、この不可思議な世界と不可思議な男に、賭けてみるのも悪くないと思った。今までよりは、充実して生きられそうだ。
それに、司の仇を打たなくてはならない。取り返さなければならない。手遅れになる前に。そのためなら悪魔だって、恐ろしいとは思わなかった。
「わかった。俺は天使をぶっ潰す!そのためなら悪魔だろうとなってやるさ」
それを聞いたシャネルは伊織に手を差し伸べた。
「よし。今日から俺がお前の指導者だ。今言ったこと、忘れるなよ。さぁ、来い。悪魔の世界へ!」
伊織はその手をしっかりと掴んだ。
生きているとは思えないほどに、まるで氷のように冷たい手だった。
そして、街の人々はまた動き始めた。まるで何事もなかったように。
誰も、その場にいたはずの伊織の姿が消えていることに気づくものはいなかった。
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