第13話 蛇とその男
「はい、はじめまして!悪魔見習いのみんな!僕は
突如として現れた彼は、そういって微笑を浮かべた。
「…っ!」
その場にいた全員が息を飲んだ。その男は、全員が瞬きをするくらい、ほんの一瞬のうちに、教室の前、先生の横に立っていたのだ。
何が起こったのか、一瞬理解が遅れた。
先生が、今から伊織たちの力の覚醒を行うと、そう言った矢先のことだった。
その男は、まるでずっと前からそこにいたかのように、平然と立っていた。
黒く細い髪、男ながらに長いまつげ、端麗な顔立ち。妖美というのに相応しいようなその男は、不気味なまでの柔らかな笑顔を浮かべている。
「真紀くん!それじゃぁ、あとはよろしくね」
先生はそんな彼に驚きもせず、平然とそう言った。
「はい、任せてください」
男は先生に微笑みかけると、伊織たちの方へ向き直る。
「人間上がりのみんなの指導は、特別に僕が担当するからね」
その男…高坂 真紀は笑顔のまま言う。
…目が、笑っていない。
その瞳の奥には、どす黒い何かが渦を巻いているようで。伊織は背中を冷たい汗が伝うのを感じた。
「それで…?千里!どう、みんなと仲良くなれそう?」
真紀はまず、まっすぐ千里に向かって声をかけた。その場にいた全員が二人を訝しげに交互に見た。
「…関係ないだろ」
相変わらず無愛想に、千里は真紀を一瞥して答えた。
「冷たいなぁ」
すっ、と。微かに伊織の隣を風が吹き抜けた気がした。次の瞬間、前にいたはずの真紀の姿はなくなっている。
慌てて後ろを向くと、一番後ろに座る千里の横に、真紀はごく普通に立っている。
「ねぇ、千里。君をここに連れてきたのは僕だよ?もう少し態度を考えよっか」
口調は穏やかだか、声音は低く、反論を許さないような圧力を感じた。真紀の目は、しっかりと千里を捉えている。
「っ…わかった。わかったから離れろ」
千里が悔しそうに顔を背けると、真紀は少し満足気に頷いた。
「うん♪ならよろしい!」
どうやら、高坂 真紀は千里の指導者であるらしい。
あの千里をいとも簡単に頷かせた。その場にいた全員は真紀から目が離せなくなっていた。
高坂 真紀。人間上がり。
指導者となれるのは一級以上の悪魔であり、人間上がりにして一級資格を所得した人物は現在ただ一人…
ぞくり。
背筋が凍るような感覚に、伊織は体を硬くした。
「君が、伊織くん?」
すぐ耳元で、柔らかく、冷たい声が聞こえる。
「シャネルが選んだっていう…へぇ。君がねぇ」
伊織は、蛇に睨まれたカエルのように、身動きも取れずにいた。今まで経験したこともない恐怖が伊織を蝕んでいる。
悪魔。
まさに彼がそうなのだ。
恐怖が伝わる。じわり、じわりと追い詰められるかのような恐怖。
彼が本来人間であったなど、簡単には信じられなかった。
「そんなに怯えないで!僕とシャネルは同期で親友なんだ!彼から君のことをよろしくって言われてるしね」
ぱっと、真紀は伊織から離れて言った。どっと、疲れが身体に押し寄せる。
「うん。じゃ、早速始めよっか!」
そんな伊織を見ながら、真紀は相変わらず笑みを浮かべていった。
「おいで、ミーシャ」
真紀の言葉に、どこからか、白い蛇が現れる。真紀の首の裏あたりから。実際はよくわからない。だが、その蛇はゆっくりと、真紀の首周りに現れた。
「ミーシャ、みんなに挨拶」
ミーシャ、真紀がそう呼ぶその蛇は、伊織たちの方を向いて、ちろちろと赤い舌を揺らした。
リリィやルチアたち悪魔でさえも、真紀のなんとも言えぬ雰囲気に圧倒されているようだった。
「見ての通り!僕は使役型の蛇遣い。この子が相棒のミーシャだよ。よろしくね」
伊織は使役型の悪魔が使い魔を呼び出すのを初めて見た。なんとなく、もっといろいろな手順を踏むものだと思っていただけに、少し拍子抜けする。
しかし、伊織はこれほどまでに美しい蛇を見たことがなかった。白、というより銀色に近いその体はかすかに光沢を放っている。その動きは優雅だが、どことなく不気味で、その瞳に睨まれたなら、一瞬にして囚われる。そんな気さえした。
太古の昔から、蛇が神聖なるものと言われてきた意味がわかる気がする。そういえば、この学校のエンブレムにも、蛇がモチーフに使われていた。
「それじゃ、君たちにも力を与えてあげなくっちゃね。覚悟はいい?
……人間じゃなくなる、覚悟はさ」
ぱんっと手を打って、真紀はまた、笑顔のまま、恐ろしく冷たい声で言った。
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