第53話 誰かいませんか~?

「きゅーっ、きゅっきゅ」

「あぁ? 保存食なのは本当だろうが。文句言うんじゃねぇよ」

「きゅう!」

「あいててて。こら、そこで足踏みするんじゃねぇ」


 すれ違う村人たちが、フランクさんの頭の上のルアンを見てギョッとしたような顔をするけど、フランクさんとの漫才みたいなやり取りに、すぐに微笑ましいものを見ているような表情に変わる。


 うんうん。確かにコワモテのフランクさんがピンクのちびうさぎと戯れてる姿っていうのは、ギャップ萌えでほっこりするよね。


「すみませーん」


 宿屋に到着すると、入口からアマンダさんが声をかけた。先に馬を繋いでもらわないといけないしね。

 でも、中からの返事がない。


「……誰もいないのかしら?」

「こっちに厩舎があるぞ。空いてるから、とりあえず繋いどくか」


 宿の裏手からフランクさんが声をかけてきた。


「そうね、そうしましょう」


 馬を繋いで宿屋の扉をくぐる。扉は閉まっていたものの鍵はかかっていなかったらしく、鍵の部分に手を当てるとすぐに開いた。


「こんにちはー。誰かいませんか~?」


 宿屋の中はエリュシアオンラインの初期村にある宿屋にとても似ていた。

 入って正面に受け付けがあって、そこには宿屋を表すベッドのマークが描かれたプレートが飾ってあった。左手にはテーブルが三つほどの小さな食堂があって、右手には、二階に上がる階段がある。


 うわぁ。懐かしい。最初のうちは自分の家も持てなかったから、よくお世話になったんだよね~。


 エリュシアオンラインでは、住宅街と呼ばれるエリアがあって、そこに土地を買えば自分で好きな家を建てることができる。


 住宅街はそれぞれの国の中心の街に繋がっていて、たとえばアレス王国ならその王都に住宅街への入り口がある。


 そして自分の家を持ちたいと思うプレイヤーは、住みたい街の住宅街へ行って、ここだと思う場所の家に申しこみをする。


 でも、もしその家に住みたい希望者が他にもいたら、抽選になっちゃうんだよね。外れた時のギルドチャットの阿鼻叫喚といったら……。


 私は運よく希望の土地を買えたから良かったけど。


 住宅街は本当に広くて端から端まで移動するのが大変だったけど、住宅街に移動する時にどの区画に移動しますかって聞かれるから、普通に移動する分には困らない。


 それにフィールドから自分の家に行くだけなら、ホームボタンを呼び出せばすぐに帰れたし。


 そして自分の家の入り口にあるパネルを操作すると、登録してある友達の家とかギルドハウスに移動できるのも便利だったなぁ。


 ギルドハウスはギルドのメンバーが好きに使える大きな家で、皆で集まってチャットしたりするのが楽しかった。ちょっとシェアハウスっぽい感じだったしね。


 武器とか防具を製作している人が、ちょっと失敗しちゃって高く売れなくなった装備を、ギルドで共有できる『ギルド倉庫』の中に入れてくれてたりもしたなぁ。


 ……はい。私も初期の頃はよくお世話になりました。

 もちろん私も、作ったポーションを倉庫に入れて自由に使ってもらってたけどね。


 ウェブで素敵なハウジングを公開している人のところに行きたければ、パネルでその家を指定すれば良かったし、逆に知らない人に家の中を見られたくない場合は家の設定を『非公開』にしておけば良かった。


 残念ながら、このエリュシアにはゲームで建てた家は存在してないみたい。だってホームボタンがどこにもないもん。

 もし使えていれば、低レベルの装備も、伝説級のアイテムも自分の家の倉庫にいっぱいあったのになぁ。


 幸い、アイテムボックスは使えるから、それは凄く助かってるけどね。


「なんだ、誰もいねぇのか」


 キョロキョロと辺りを見回していると、後ろの扉がガチャリと開く。

 あ、宿屋の人かな。


「……む? どうしたのだ。受付に誰もおらぬぞ」

「誰かと思ったらカリンじゃない。スライムはもういいの?」

「一通り見て回って匂いも嗅いだが、新種のスライムはいないようだからな。早く休むことにしたのだ」


 食堂の方を見ていたアマンダさんが、カリンさんに気がついて声をかける。

 スライムの匂い……嗅いで回ったんだね。

 村の人たちに見られて、変な一行だと思われてないといいなぁ。


「まったく。客が来ているというのに出迎えぬとはどういうことだ。……なんだ? 騒がしいな」


 カリンさんが眉をひそめて天井を見上げる。

 すると、何やら言い争うような声が聞こえてきた。


「もういいわ! 言い訳なんてたくさん! あの女の人にあげたならあげたって、そう言えばいいじゃない!」

「だから違うって言ってるだろう! どうして信じないんだ」

「何よ。ちょっと綺麗だからってのぼせちゃって。それに冒険者なんだから、こんな小さな村にずっといるはずがないじゃない。また来るわなんて、社交辞令に決まってるでしょ」


 こ、これは……。

 もしかして修羅場というものなのでは!?


 おろおろしていると、カリンさんが大きくため息をついた。


「客が来たのにも気づかず二階で喧嘩とは、どういうことだ。いくら小さな村とはいえ、宿屋としては失格だな」

「そうね。でも、こんなに小さな村じゃ、他に宿屋なんてないんじゃないかしら。……って、フランク、何をしてるの!?」


 カリンさんに同意したアマンダさんは、いつの間にか食堂のカウンターに座っていたフランクさんに目を留めた。


「おお。こんな小さい村だから期待してなかったけど、結構いい酒を揃えてるじゃねぇか。ヴィルナもそう思うだろ?」

「確かに、これは凄い」


 カウンターの奥に並べられたお酒の瓶を見て、ヴィルナさんのしっぽがフリフリと揺れている。

 やっぱりヴィルナさんもお酒が好きなんですね。


「だから違うって言ってるだろう。タニアはこの村が気に入ったからまた来たいって言ってただけだって」


 って、まだ上で喧嘩してる。


「よく言うわ! 指輪まであげたくせに!」


 ……ん?

 指輪?

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