第54話 指輪の持ち主
やっぱりこの宿屋の人の名前がカールさんで、落とした指輪の持ち主なんだね。
これで指輪を渡せば、クエスト完了に――
「君からもらった指輪を他の人にあげるはずがないだろう? 少しゆるくなっていたから、気づかない内に落としてしまったんだよ」
「指輪が抜け落ちるなんて聞いたことがないわ! そんな見え透いた嘘なんてつかないでよ!」
「嘘じゃないって。ほら。僕は君との結婚を機に宿屋を継いでから忙しくて痩せちゃっただろ? それで指輪もブカブカになってたから直そうと思ってたんだけど、その前に落としちゃったんだよ」
「……そうよ、痩せたのがいけないのよ。私は前のふっくらしたカールが好きなのに、痩せたら途端にモテモテになっちゃって……。だから私みたいな平凡な女より、あの冒険者みたいな綺麗な子が良くなったんでしょ!」
うわーん! っていう鳴き声と同時に、二階から凄い勢いで女の人が下りてきた。そして私たちの横をすり抜けて、扉から外へ出て行ってしまう。
「メアリ、待って――あっ」
続いて下りてきたカールさんは、ちょっとたれ目で人の好さそうなお兄さんだった。
「お待たせして申し訳ありません。いらっしゃいませ、お泊りですか?」
「ええ。そうですけど……。追いかけなくても良いのかな?」
扉を指さすアルにーさまに、カールさんは苦笑を返した。
「うちは宿屋ですから、お客様を一番にしないと。……妻も、頭が冷えたら戻ってきてくれるでしょう」
さっき出ていったメアリさんって奥さんだったんだ。ということは、あの金の指輪は結婚指輪なのかな。
そう思っていると、アマンダさんが例の拾った指輪を取り出した。
「ちょっと話が聞こえてしまったんだけど……。あなたが失くした指輪って、これかしら?」
その指輪を見たカールさんは、目を見開いて驚く。
「そっ、それは! ちょっと見せて頂けますか!?」
「ええ。どうぞ」
指輪を受け取ったカールさんは、裏側に書かれた「メアリからカールへ」という文字を読む。
「ま、間違いなく僕の指輪です。一体どこでこれを?」
「オオネズミのお腹の中よ」
「――え?」
「ここに来る途中でオオネズミの変異種に襲われたんだけど、倒したらその指輪が出てきたの」
「変異種!? しかもオオネズミって……。一体なんでまたそんなところに、この指輪が……」
アマンダさんの説明に、カールさんは指輪をぎゅっと握りしめた。
「そもそも、どこでこの指輪を失くしたの? 結界が壊された形跡はないから、村の中じゃないでしょう?」
「それはその……」
言いよどんでいたカールさんは、「少し話が長くなるのでこちらに」と食堂の方へ私たちを誘ってくれた。
お酒の品定めをしていたフランクさんたちも、近くのテーブルに座る。
そしてカールさんから聞いた話はこうだ。
カールさんはこの村の宿屋の次男として生まれたんだけど、小さな頃から冒険者に憧れていた。
そして八年前の魔の氾濫の時、英雄と共に魔物の王に挑んだ冒険者が、たまたまこの村に立ち寄ってこの宿屋に泊まったのだそうだ。
「あの人の家も、宿屋を営んでいたんだそうです。でも二十八年前の魔の氾濫の時に村ごと滅ぼされてしまって……。その時はたまたま親戚の家に行っていて彼一人だけ助かったそうですけど、生きていくために冒険者になったんだって言ってました」
斧の才能があった男は、やがて斧遣いとして名を馳せるようになっていった。
一度目の魔の氾濫の時、男は家族と故郷を奪われ。
二度目の魔の氾濫の時、男はやっと手に馴染んできた斧を手に、仲間と共に戦った。
そして三度目の魔の氾濫の時――男は、このエリュシアで最も強い者たちと共に、魔物の王と戦って……。
そして、帰ってはこなかった。
「うちの宿屋は、あの人の……トールさんの宿屋に凄く似ているんだそうです。だから、魔の氾濫が終わったらここでしばらく休養して、それから故郷の村を再建して宿屋のオヤジになるんだって言ってたんです。でも……」
「生きて帰れたのは、英雄ただ一人だったな」
フランクさんの言葉に、カールさんは深く頷く。
「トールさんは、この宿屋に滞在していた時に、僕に斧の使い方を教えてくれて、お前には才能があるなって言ってくれてたんです。だからそんなに冒険者になりたいなら弟子にしてやるって。その代わり、俺の宿屋を手伝えって言われて……。元々、ここは兄さんが継ぐ予定だったから、僕もトールさんの故郷で宿屋を手伝うのもいいかなって思ってたんです。でも、トールさんは戻ってこなくて、刃こぼれした斧だけが、ここに……」
そう言って、カールさんは食堂の奥の壁に飾られた斧を見つめる。
そこには斧が二本、交差した状態で飾られていた。片方の斧は、もう使うことができないほどに刃こぼれしていて、ボロボロだった。
「その時にトールさんの斧を持ってきてくれたのが、タニアたちのパーティーだったんです。僕に斧の才能があるなら、トールの跡を継いで冒険者になればいいんじゃないかってパーティーに誘われたんですけど、いつか、トールさんの村が復興したら、僕が代わりに宿屋をやろうと思ってたから断りました。それで宿屋の手伝いをしながら斧の鍛錬をしていたんです」
「なるほどな。一人で鍛錬すんのは大変だっただろう」
腕を組んで感心しているフランクさんに、カールさんは「そうですね」と頷いて壁にかかった斧に目を向ける。
「でもそのおかげで薪には不自由しませんでした」
えっ。薪!?
斧の鍛錬で、薪を作るの?
でも魔道具がこんなにたくさんあるなら、薪を使うよりコンロの魔道具を使った方が楽なんじゃないのかな。
不思議に思ったけど、カールさんの説明によると、料理をする時には薪を使ったほうがおいしくできるから、コンロのような魔道具はあんまり普及していなんだそうだ。
それに、グラハム村は、魔の氾濫でイゼル砦への行き来が増える時以外はあまり旅人が来ないから、せめて泊まってくれた人にはおいしい食事を出したいんだって。
確かにおいしい料理を食べると幸せな気持ちになって、また泊まりに来たいって思うもんね。
それにしても……。だから私が魔法の練習をした時、アマンダさんにあんなにいっぱい薪を作らされたんだね……。
イゼル砦のご飯も凄くおいしかったから、きっと薪を使って料理してるんだと思う。
ちょっと納得しましたよ。
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