第52話 グラハム村
オオネズミが現れた以外はこれといった問題もなく、グラハム村へと到着した。
村の入り口で「ようこそ、グラハム村へ」って言ってくれる人がいるかなと思ったけど、そんな人はいなかった。
ちょっと残念。
ちなみにカリンさんとは村の手前で別行動になった。日が落ちるまでの間、村の周りに新種のスライムがいないかどうか探すんだって。
うん。まあ、カリンさんらしいよね。
初めて見るグラハム村は、まるでおとぎ話に出てくる村みたいに可愛かった。白い壁に赤い屋根。村の中央には大きな石碑がそびえ立つ広場がある。この石碑には魔物除けの魔法陣が刻んであって、これがあるから村には魔物が入ってこないんだそうだ。
ただ、こういう小さな村の結界はそれほど強いものじゃないみたいで、ダスク村のようにたくさんの魔物の群れとか力の強い変異種に襲われたら、結界を破られてしまうこともある。
私も初めて知ったんだけどね、魔法陣って、設置したら永久的にその効果が続くわけじゃないみたい。実は維持するためには定期的に魔力を流してあげないとダメなんだって。
でもって、結界の強さによって流す魔力の量が違うみたい。
ここみたいに小さな村の場合は、魔法を使える人が少ないから魔法陣に流せる魔力もそんなに多くない。それで弱い結界の魔法陣しか設置できない。
もう少し大きい町になると、石碑が一つだけじゃ全体を結界で囲めないから、町の四隅に石碑を置いたりしているのだとか。
更に大きくて魔の森のすぐ近くにあるイゼル砦の場合は、もっと高性能の特別な魔物除けの魔法陣が設置してある。魔法使いもいっぱいいるから、魔力もどんどん流せるしね。凄いよね。
「さて、とりあえず馬を預けようか」
村に入る前に馬から下りた私たちは、まずは厩舎のある宿屋を探すことにする。エリュシアでの移動はほとんど馬だから、どんなに小さな村でも必ず厩舎があるんだそうだ。
グラハム村の規模だと、普通は宿屋に併設されていることが多いらしい。
ということは、これから宿屋に行くのかな。
クエストのクエストクリア報酬が『グラハム村の宿屋に泊まれる』だったから、もしかしてすぐにクエストクリアしちゃうかも!?
「馬を預けたらまず酒場だな」
したり顔で言うフランクさんに、アマンダさんが「昼間からお酒なんて、神官の行動じゃないわよ」と顔をしかめる。
「分かってねぇなぁ。情報を集めるのには人が集まる酒場が一番だろ? それにすこーしばかし酒が入りゃぁ、閉じてた口も軽くなるってもんさ」
「カールっていう人がいるかどうか聞くだけでしょ。大げさすぎるわ。さあ、早く宿屋に向かいましょ」
「きゅっ」
不満そうなフランクさんの代わりに、頭の上のルアンが、分かったとでもいうように鳴き声を返す。
すると、その声を聞いた近くのおじいさんが、びっくりして立ち止まった。何の鳴き声だろうかと目をキョロキョロさせたおじいさんは、フランクさんの頭の上を見て目を丸くする。
ああ、フランクさんは背が高いから今までルアンのことが見えなかったのかも。
ルアンは変異種だし、びっくりしちゃったかな。
きっとピンクのホーンラビットなんて見たことがないんだろうし。
「きゅう……」
その視線に気がついたルアンは慌てて、トウモロコシの髭のような色をしたフランクさんの髪の毛の中に隠れた。
自分では隠れたつもりなんだろうけど、フランクさんの髪の毛は短いから頭しか隠れていない。
……丸くて可愛いしっぽが見えてるよ、ルアン……。
「あっ。宿屋ってあれじゃないですか?」
とりあえずこの場から移動しようと、私は広場の向こうにある少し大きな建物を指差した。
「そうかもしれないね。村の方、宿屋はあそこですか?」
いかにも騎士然としたアルにーさまが丁寧に聞くと、おじいさんはいきなり丸まっていた背筋を伸ばす。
おじいさーん。そんなに緊張しなくても、アルにーさまは優しいですよ~。
「はっ、はい。そうですじゃ。……ところで、騎士様たちはイゼル砦の方々ですかの?」
「ええ」
「魔の氾濫を早々に終わらせてくだすって、ありがとうございます。わしは、また八年前のように長い戦いが続くのかと、気が気ではありませなんだ」
「イゼル砦だけでなく、皆が力を合わせた結果ですよ」
「それに英雄様もいらっしゃるでな。ありがたや~ありがたや」
いきなり拝み始めたおじいさんに、アルにーさまは苦笑する。
「おいおい、じいさん。拝むなら教会に行ってやってくれ」
「……神官さま……ですよな?」
おじいさんの目は、またフランクさんの頭の上に釘付けになる。
「その、頭の上のもんは一体……」
「非常食だ」
「――はあ?」
「非常食の
「は、はあ……」
おじいさんをけむに巻いたフランクさんは「ほら行くぞ」と急ぎ足で宿屋に向かった。
あ、待ってー!
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