第38話 お祭りに行きたい
翌日も朝からイゼル砦は騒がしかった。また誰か偉い人でも来るんだろうかと思っていたけど、なんだか商人らしき人たちが、続々と門をくぐって中庭を通っている。
誰にも会わないように部屋で食事を摂った後で、レオンさんの執務室に向かったら、アルゴさん……じゃなくて、アルにーさまが教えてくれた。
「それはね。ユーリがうちの子になったお祝いをしてくれるからだよ」
「ええっ。そうなんですか!?」
アルゴさんが貴族なのは知ってたけど、砦全体でお祝いするほど凄い事なの?
私、そんなところに養子に行って、大丈夫なの!?
「――そんなわけないでしょう」
アルゴさんの頭を軽く叩いたアマンダさんに、ホッとする。
よ、良かった。冗談だったみたい。
そうだよね。いくら何でも、そこまで大騒ぎにはならないよね。
私は心を落ち着かせる為に、抱っこしたノアールの背中を撫でる。
手の平から暖かい体温が伝わってきてホッとする。ノアールのアニマルセラピーって、効果てきめんだなぁ。
それにしても……アマンダさんは貴族じゃないのに、あんなにポンポンとアルゴさ……じゃなくてアルにーさまの頭を叩いて大丈夫なのかな。
確かにアマンダさんはハリセンを持ったら凄く似合いそうだけども。
……そういえば、ネタ装備で『ハリセン』っていうのが、あったような。
ダメダメ。あれは運営さんがイベントの時に良く配ってた、攻撃力1のネタ装備なんだから。いくら似合うっていっても、渡しちゃダメだよね。
「魔の氾濫が終わった後は、一年間の休暇をもらえるって言ったでしょう? だから、久しぶりに会う家族に渡すお土産を買うために商会に来てもらうのが慣習になっているんだけど、いつの間にかそれがお祭り騒ぎみたいになっちゃったのよ」
「魔の氾濫を収めた後は特別手当が出て、みんな懐も温かいしね」
なるほど~。それは確かにお祭り騒ぎになるかも。
お店がいっぱい出るってことは、縁日みたいな感じになるのかな。
うわぁ。この世界のお祭りって、どんな感じなんだろう。
「わくわくするね、ノアール」
腕の中のノアールにそう言うと、ノアールも「にゃん」と同意してくれた。ノアールの頭の上のプルンもぷるんと揺れて同意してくれている。
「あら、でもユーリちゃんは――」
「レーニエ伯爵がいるからね……」
ええっ。
お祭りに……行けないの?
この世界で初めての、せっかくのお祭りなのに……。
それに、もうアル……にーさまの、家族になったのなら、レーニエ伯爵に何かされる事はないんじゃないの?
でもアルにーさまとアマンダさんは、別にいじわるじゃなくて私のためを思って言ってくれてるわけだから……。ここは、凄く凄く残念だけど、諦めないといけない。……のかなぁ。しょぼーん。
ガックリと肩を落とす私に、アルにーさまとアマンダさんは顔を見合わせる。
「でも、僕とアマンダが一緒にいれば大丈夫じゃないかな。いざとなったら、団長を盾にすればいいしね」
「そ、そうね! さすがに団長に睨まれたら、レーニエ伯爵も退散すると思うわ」
私も行っていいの?
やったー!
「ありがとう! アルにーさま、アマンダさん!」
そう言って左手でノアールを抱っこしたまま、右手でアマンダさんに抱き着く。
「え。ここは兄である僕に抱き着くところじゃないかな」
「ふふん。私とユーリちゃんは、家族じゃなくても仲良しなの……。ところで、私たちを呼び出した団長はまだかしら?」
「王都に飛ばした魔鳥が戻ってくる頃だから、そろそろ団長も来るんじゃないかな」
「王都って……。もしかして」
「――王家の承認があれば、養子縁組もスムーズだと思わないかい?」
「まったく……団長まで動かしちゃうなんて……」
楽し気な声に顔を上げると、アマンダさんは赤い唇を笑みの形にしていた。
「善き風は素早く吹かせよ、と言うからね」
その後に続く得意げな声に視線を巡らすと、私と目が合ったアルにーさまがウインクをする。
「アルゴ、やるじゃない」
「ユーリのためだからね」
「その調子でちゃんと守るのよ」
「もちろんさ」
えへへ。
私のお兄さんとお姉さんは、凄く頼もしいです。
「じゃあ、私もお祭りに行っていいんですか?」
「もちろん」
「ええ。一緒に行きましょう」
わーい!
お祭りってどんな感じなんだろう。楽しみだなぁ。
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