第21話ハードモードはやめてください

 イゼル砦から伸びた長い長い列が、一路リトリスへ砦へと向かっていた。

 騎士が、冒険者たちが、魔物の王を倒すべく、リトリスへと向かっているのだ。


 私もアルゴさんの馬に乗せてもらって、その集団の先頭にいた。

 前を走るのは、金の髪をなびかせて、険しい顔をしているレオンさんだ。少し後ろには灰色のローブを着たセリーナさんがいる。


 今回、私は、レオンさん、アルゴさん、セリーナさん、ゲオルグさん、フランクさんとパーティーを組むことになった。いざという時に、ヒール・ウィンドで一度に回復するためだ。


 猫の顔バッグにMPポーションはたくさん入ってるし……

 た……多分、これで大丈夫。


 あのアルゴさんも口を引き結んで軽口を叩く事もなく、馬を駆けさせている。

 誰もがいち早く魔物の王と戦っているリトリス砦の騎士たちを助けに行こうと、必死なのだ。


 魔の氾濫……

 ずっと話に聞いていたそれは。

 ずっと話に聞いていた、魔物の王は。


 一体どんなものなのだろう……


 震える手をごまかすために、腕の中のノアールをぎゅっと抱きしめる。

 ノアールもいつもなら鳴いて甘えるのに、この異様な雰囲気の中、ただ体をすり寄せるだけだった。


 本当は、ノアールを連れてきたくなかったんだけどな……


 でも置いて行こうとしたら盛大に抗議されて、ワンピースに爪まで立ててしがみつかれてしまった。

 フランクさんも同じ状態で、思わず顔を見合わせて肩をすくめるしかなかった。


 お願いだよ、ノアール。

 魔物の王に会っても、変わらないで……!


 休憩する間もなく、ただひたすらにリトリスへと向かう。


 途中でアルゴさんが魔鳥を受け取って紙を読んでは、微妙に進路を調整していた。

 ゴブリン・キングとその群れは、魔の森に近い村を一つ飲み込み、次の村へと進軍しているのだそうだ。

 それと同時に各地の魔物が活性化して、村々を襲っているらしい。だからイゼル砦に集まった戦力も、魔物の王へ向かう者と、残ってイゼル砦周辺の魔物の討伐をする者に分かれている。


 リトリスへ向かう途中でも魔物の群れに遭遇したけど、対処する騎士たちを残してそのまま進軍する。


 そうしてたどり着いたその先で、大地が赤く黒くうねっていた。

 それは数千、いや数万の、大量のゴブリンの群れだった。











「エリア・プロテクト・シールド。対象は騎士の皆さん、冒険者の皆さんと私とノアールとルアン!」


 エリア・プロテクト・シールドを詠唱すると、赤い小さな盾が皆の周りに浮かぶ。ゴブリンの群れの向こうにいるリトリス砦の皆にもかかっているかどうか分からないけど、今は確認できないから仕方ない。

 無事に魔法がかかってる事を祈ります……。


「我、身に宿りし炎の力の具現を願う。我が剣に、まとえよ炎!」

「我、身に宿りし風の力の具現を願う。我が剣に、まとえよ風!」

「我、身に宿りし水の力の具現を願う。我が剣に、まとえよ水!」

「我、身に宿りし雷の力の具現を願う。我が剣に、まとえよ雷!」

「我、身に宿りし土の力の具現を願う。我が剣に、まとえよ土!」


 至るところで、剣に魔法をかける詠唱が聞こえた。


「我、身に宿りし風と炎の力の具現を願う。我が剣に、まとえよ風炎ふうえん!」


 レオンさんは、なんと炎と風の力を同時に剣にかけていました。

 掲げた剣から伸びる炎が天を衝くほどに高く伸びています。


 おおおお。

 炎と風のダブル効果で、凄い勢いで剣から炎が噴き出しています。

 これって多分、レオンさんしかできない魔法剣なんだろうなぁ。さすが英雄としか言いようがない。


 そして騎士たちが一斉に剣を掲げて。


「行くぞ!」


 剣に風と炎をまとわせたレオンさんの号令で、騎士と冒険者さんたちは馬に乗ったまま、一斉にゴブリンへと向かった。

 赤黒いゴブリンの群れの中へ銀色の矢が放たれたかのように、騎士たちがゴブリンへと向かっていく。


 騎乗した騎士たちが、ゴブリンを馬で蹴散らし、剣で斬る。ゴブリンはすぐに倒れるけれど、別のゴブリンがまた襲ってくる。


 やがて銀の鎧がゴブリンの群れと混ざり、前へ前へと進んでいた。


 私はパーティーの皆からは少し離れたところで、今度はゲオルグさんの馬の前に乗せられていた。ノアールは私が乗る馬の下で、ゲオルグさんと共にゴブリンが襲ってくるのを防いでいた。


 ここまで馬に乗せてくれたアルゴさんはと見渡せば、レオンさんと並んでゴブリン・キングの元まで向かおうと道を切り開いていた。


 レオンさんの剣は風と炎をまとっているからか、一振りする度に周りのゴブリンが一斉になぎ倒されてゆく。

 でもゴブリンの数が多すぎて、思うように先に進まないみたい。


 エリア・プロテクト・シールドでMP50、ヒール・ウィンド1回でMP20。元のMPが165だから残りMPは……え~と95。大丈夫、まだ余裕がある。


「虚空より生まれ出し風よ。幾多の鋭い槍となりて、目の前の敵を滅せよ。ウィンド・ランス!」


 少し離れたところから、セリーナさんの声が聞こえた。風の中級魔法で、一気にゴブリンを倒していく。


 その後ろからはまた別の魔法使いの詠唱が聞こえた。


「空を駆け抜ける大いなる風よ、鋭い矢となり、目の前の敵を刻みたまえ。ウィンド・アロー」


 魔法によってバタバタと倒れてゆくゴブリン。でもその屍の上を、別のゴブリンが何事もなかったかのように踏み越えて前へと進む。

 倒しても倒しても、無数のゴブリンが魔の森のほうから湧いてくるのだ。


 その先に、普通のゴブリンの何倍もの大きさの、ゴブリン・キングが見えた。


 あれが……ゴブリン・キング。


 魔の氾濫で生まれた魔物の王。

 その赤黒い肌は隆起した筋肉に覆われ、頭には茨の冠が載っていた。


「ガアアアアアァァァァァ」


 ゴブリン・キングが吠える度に、周りのゴブリンたちも呼応して勢いを取り戻す。倒しても倒しても、ゴブリンの数が減っているようには思えなかった。


 そのゴブリン・キングの咆哮に、ノアールが少しも反応しなかったのに安心する。


 良かった……

 本当に良かった……!


「ヒール・ウィンド!」


 ゴブリン・キングの方に進んでいるレオンさんとアルゴさんの様子を見ながら、私は二回目のヒール・ウィンドを詠唱する。残りMPは75。


 でもレオンさんたちはゴブリンの壁に阻まれて、まだゴブリン・キングの元まで辿りついていない。


 このままじゃ、らちがあかない!


「ファイアー・クラッシュ!対象はゴブリン。ウィンド・ランス!対象はゴブリン」


 倒しても倒しても減らないゴブリンに、思い切って私も中級魔法を唱えてみる。


 広範囲に炎が舞い、さらに風がその威力を煽った。


 ゴオオオオォォォォ。


 あれ……?


 お……思ったよりも威力が高かったようです……

 ……気のせいか、ゴブリン半分くらいに減った?


 視線を感じて上を見上げると、ゲオルグさんがびっくりした顔で私を見ていた。


「え……えへ?」


 ここは必殺、笑ってごまかせ!


 そしてその間にMPポーションを飲んでMP回復です!


 あ、そうだ。今のうちにステータスちょっと見てみようかな。さっきので少しLVが上がってるかも。



 ユーリ・クジョウ。8歳。賢者LV10。


 HP 216

 MP 205


 所持スキル 魔法100

       回復100

       錬金100

       従魔 27

 


 称号 

    魔法を極めし者

    回復を極めし者

    異世界よりのはぐれ人

    幸運を招く少女



 す……すごい!LVが8も上がって10になってる!

 あれかな。さっきの魔法と、あとレオンさんたちとパーティー組んでるから、それで経験値いっぱいもらってるのかな。


 ウィンドウの下の矢印をタップすると……




使用可能スキル


 【雷属性】 サンダー・アロー サンダー・ランス (裁きのいかづち)

 【風属性】 ウィンド・アロー ウィンド・ランス (破壊の竜巻)

 【火属性】 ファイアー・ボール ファイアー・クラッシュ (紅蓮の炎)

 【水属性】 ウォーター・ボール ウォーター・クラッシュ (蒼き奔流)

 【土属性】 ロック・フォール アース・クエイク (覇者たる流星)


 【従魔】 状態管理


 【回復】  ヒール・ライト ヒール エクストラ・ヒール

 【範囲回復】 ヒール・ウィンド

 【状態異常回復】 キュア


 【補助】  プロテクト・シールド

       マジック・シールド


 【エリア魔法】 エリア・ヒール

         エリア・プロテクト・シールド

         エリア・マジック・シールド



 ん……?

 この状態管理って何だろ?


「状態管理」


 小声で呟いてみると、パーティーウィンドウがパッと開いた。


 あれ?どゆこと?


 よ~く見てみると、パーティーメンバーの名前の下にノアールの名前がある。

 そして何と!

 ゲームでおなじみの、赤いHPバーと青いMPバーが名前の隣にありました!!!


 おおおおおお。

 これあると楽なのよね~~~~~。


 しかもノアールだけじゃなくて、パーティーメンバーのHPバーも見える!。HPの数値は書いてないけど、それでもこれがあるとないとじゃ、大違いだと思う!


 えーっと、どれどれ。少しレオンさんとアルゴさんのHPが減ってるみたいだけど、これくらいなら大丈夫よね。

 あ、ノアールには一応ヒール・ライトをかけておこう。


「ヒール・ライト。対象はノアール」


 銀の光がノアールへと飛ぶ。


「にゃんっ」


 ヒールが嬉しいのか、ノアールが大きな声で鳴いた。


 あ、そうだ。 そろそろエリア・プロテクト・シールドが切れるから、重ねがけしておかなくちゃ。


「エリア・プロテクト・シールド。対象は騎士の皆さん、冒険者の皆さんと私とノアールとルアン!」


 ゴブリンの数も少し減ったし、これでレオンさんたちがゴブリン・キングまで辿りつけるんじゃないかな。


 そう思った矢先。


「ワーウルフの群れが来たぞ!」


 左側からゴブリンの群れを倒していた冒険者が叫んだ。


 はっと振り返ると、そこにはワーウルフの群れと、その後ろにはダークパンサーの群れがいた。


「う……嘘……」


 せっかく減った分が更に増えちゃうなんて、なんてハードモードなの?!



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