第7話この世界は現実

 それは本当に突然の事だった。


「さて、そろそろ団長がさっきの魔法を見てこっちに来るはずだけど……」


 アルゴさんがそう言った瞬間、目の前の森がザワリと蠢いた。

 風に揺れる木々も、空を流れる雲もさっきと変わらない。だけどそこにある空気だけが違う。


 異様な……重苦しい空気。


 森の奥で何かがうごめいている気配がする。


「これは……まさかっ。アマンダ、ユーリちゃんを頼む」

「分かったわっ」


 剣を抱えたまま、アマンダさんは素早く私の体を脇に抱えて走り出した。アルゴさんも剣を持って後ろからついてくる。


 え?何?いきなりどうしたの???


 突然の二人の豹変に、私は目を白黒させるしかない。


「周期より早すぎる……最悪のタイミングだな。こんな事なら馬で来るんだった。もうすぐ団長がくるからお前たちはそっちに合流しろ」

「アルゴッ。なんとか持ちこたえなさいね」

「ハッ。誰に言ってる。これでも俺はイゼル砦の副団長様だぜ?」

「そうね。任せたわよ」

「ああ」


 なぜかそう答えるアルゴさんの声が少し遠い。不思議に思って振り返ると、立ち止まるアルゴさんの前に茶色の塊がたくさんあった。塊は動いていて……子供のような……


 いや、違う。あれはゴブリンだ。とがった耳にギョロリとした目。手に棍棒を持つ姿はゲームでも良く見たゴブリンの姿だった。

 でもすごく数が多い。数十匹って感じじゃなくて……百匹以上いる?!


「ひっ」


 アルゴさんが剣を振るうと、ゴブリンから真っ赤な血が飛んだ。吹き出す血が、アルゴさんの剣と体を真紅に染める。そして次の瞬間には別のゴブリンに剣を向けていた。


「ア……アマンダさんアマンダさん。ゴ……ゴブリンがっ」

「分かってるわっ。急いで砦に戻りましょう」

「で……でも……アルゴさんが……」

「ユーリちゃんがいても足手まといよ」

「で……でも、私も戦えますっ」

「……数が多すぎるわ」

「だったら、アルゴさんもっ……」

「そうよ。アルゴを死なせたくなければ早く団長にこの事を知らせないと」


 死ぬ……?

 死んでしまう……?


 ゲームだったら神官の呪文で生き返ることができた。

 でも、ここはゲームの世界と似てるけど、全部同じじゃない。

 だったら、死んじゃったら終わり……?


 嫌だ!

 そんなの嫌だ!


 アルゴさんが死んじゃうなんて嫌だ!


 アルゴさんはいつも優しく笑ってくれた。頭をぽんぽんって撫でてくれた。

 その人が死んじゃうなんて、絶対に嫌だ!


 考えろ、考えるんだ。

 私に何ができる?

 そうだ、ステータスをもう一度見てみれば……


「ステータス・オープン」


 アマンダさんに抱えられたまま唱えれば、半透明のウィンドウが出てきた。

 昨日も見たステータス画面が出てくる。


 あれ?ステータス画面の名前が九条悠里から、ユーリ・クジョウに変わってる……


 でもダメだ。それ以外は昨日と同じだもん。これだけの情報じゃ何も分からない。


 何かないかと目をこらすと、ウィンドウの下に小さな矢印があった。タップしてみると、文字がたくさん出てくる。




 ユーリ・クジョウ。8歳。賢者LV1。


 HP 156

 MP 125


 所持スキル 魔法100

       回復100

       錬金100


 称号 

    魔法を極めし者

    回復を極めし者

    異世界よりのはぐれ人


 使用可能スキル


 【雷属性】 サンダー・アロー サンダー・ランス 裁きのいかづち

 【風属性】 ウィンド・アロー ウィンド・ランス 破壊の竜巻

 【火属性】 ファイアー・ボール ファイアー・クラッシュ 紅蓮の炎

 【水属性】 ウォーター・ボール ウォーター・クラッシュ 蒼き奔流

 【土属性】 ロック・フォール アース・クエイク 覇者たる流星


 【回復】  ヒール・ライト ヒール エクストラ・ヒール

 【範囲回復】 ヒール・ウィンド

 【状態異常回復】 キュア


 【補助】  プロテクト・シールド

       マジック・シールド


 【エリア魔法】 エリア・ヒール

         エリア・プロテクト・シールド

         エリア・マジック・シールド





 これ、属性魔法と回復魔法の上級スキルは灰色になってるから使えないってことかな。

 魔法スキルとか100だから使えるはずなんだけど……


 でもそんなのはどうでもいいや。今役に立つのは……


 そうだ!賢者固有のエリア魔法だ!

 でもエリアってどれくらいの範囲?

 私とアマンダさんとアルゴさんと。それから後からくるっていうレオンさんたちも入れるとなるとどうすればいいの?

 賢者になったばっかりだから、分からないよぅ……


 と、とりあえずやってみる!

 魔法はイメージだって何かの小説で言ってたから、イメージするんだ!


「エリア・プロテクト・シールド。対象、イゼル砦の皆さん!エリア・マジック・シールド。対象・イゼル砦の皆さん!」


 呪文を唱えると、ごっそり体の中から何かが抜けていくのを感じた。これは……MPを消費したから?エリア・プロテクト・シールドの消費MPっていくつだろう。

 

 タップしたら詳細が出るかな。ああ、でも腕がだるい……


 視線を上げると、びっくりしているアマンダさんと目が合った。その周りには半透明の赤い盾と青い盾がくるくる回っている。


 良かった。とりあえずシールド効果は出てる。これで物理防御と魔法防御が上がったはず。アルゴさんとは離れちゃったけど、効果出てるのかな。出てるといいんだけど。


「アマンダ、これは何だ?!」


 こんな時でもイケてる声が聞こえてきた。レオンさんだ。六人くらいで馬に乗ってやってきたらしい。

 あ、レオンさんの周りにも半透明の盾が回ってる。エリア魔法、成功したんだ。良かった。


「団長、詳しい説明は後です!魔の氾濫の前兆が起きました。今アルゴが抑えてます」

「一人でだと?!無茶な」

「この先にいます。私はこの子を安全な場所に連れていきます」

「分かった。砦にも知らせてくれ」

「はい」


 え、私たちだけ砦に戻るの?

 だ……ダメだよ。私もアルゴさん助けに行きたい!


「あの、私、回復できます!一緒に連れて行ってください!」

「だが君は神官じゃなくて魔法使いだろう?」

「違います!賢者です!」


 LV1だけど……LV1だけど、ちゃんと賢者だもん!


「ケンジャ……?確かに今は神官を連れてきていないな。よし、回復できるなら頼む。ロバートは砦に戻って皆を集めろ。行くぞ!」


 私とアマンダさんはそれぞれ違う馬に乗って、アルゴさんが戦っている場所へ急いだ。


 お願い、アルゴさん。無事でいて!




 早く早く早く!

 駆け戻る馬の上、心の中で何度も叫ぶ。

 アルゴさん、どうか無事でいて!


「アルゴ!」


 先頭を走るレオンさんが馬から飛び降りて、ゴブリンか自分か、どちらの物か分からない血で真っ赤に染まったアルゴさんの隣に並ぶ。アルゴさんの手に持つ剣は真っ赤に染まって、風の魔法もまとっていない。


 でも、良かった。まだ、生きてた……。


 そう安心したのもつかの間、アルゴさんの体がゆっくり崩れ落ちた。


「アルゴさん!!!!」


 馬から降りて助けに行こうと思っても、後ろにいる乗せてくれた騎士さんに止められて動けない。


 アルゴさん怪我してるから、回復しないと……

 ヒールってここから届くの?!

 でもゲームでは届いたんだから、届くはず!

 絶対届く!


「ヒール!対象はアルゴさん!」


 指先から銀の光がアルゴさんのもとへ飛ぶ。効いて、お願い!

 でもまだアルゴさんは立ち上がらない。

 レオンさんがぐったりしたアルゴさんを庇いながら剣を振るう。

 アマンダさんや他の騎士さんたちも、次々に馬を下りて加勢した。


「ヒール!対象はアルゴさん!」


 もう一度!

 ああ、エクストラ・ヒールが使えてれば良かったのに。あれなら残りのHPが1でも完全復活できたはず。


 そこまで考えて、もう一つの可能性に気がつく。


 もし……もし、HPが残ってなかったら……?

 ゼロならヒールが効く事はない。


 でも、そしたらどうすればいいの?

 ステータス画面にはなかったけど、ゲームでは使えたリザレクションが、使えるの?


 涙があふれて止まらない。

 やだやだやだ!

 アルゴさんが死んじゃうなんて嫌だ!


「もう一回……ヒール!対象は……」


 声が震える。


 その時。


「マジで、今回は、ヤバかった……」


 アルゴさんがゆらりと体を起こした。


「アルゴさん!」

「ああ、だいぶ……復活した、かな。ユーリちゃんの、おかげかな……っと」


 起き上がったアルゴさんが剣を持ち直して、ゴブリンを薙ぎ払った。


 良かった……。

 生きてた!


 生きてた!!!


 安心して、体中の力が抜ける。

 腕が重い……なんだか頭も重くて……


 最後に見たのは、レオンさんと背中合わせに戦うアルゴさんの姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る