第12話 いつもかっこいいっすから

9月ももうすぐ終わるのに、まだ暑い。

流れる汗を手の甲でぬぐいながら、細い坂道を駆け上がってく。高校の門から、この坂までは走って5分。通学路とは違うから、学校の奴らと会う事もない。

坂を登りきると、道はすぐに大通りにぶつかった。

マックとケンタを素通りして、交差点近くのファミマへとびこんだ。


ふぅ。すずし〜。


入り口近くのイートイン。コピー機の脇の2人席に、幸矢先輩はいた。

スマホでなんか見てる。


「俺たち、付き合えんじゃね?」


告白されて3週間。学校の中だと部員の目が気になって、あまり2人でいられない。だから最近はよくここに来るんだ。


「な~に見てんですか」

「一矢」


顔をあげた先輩が、耳のイヤフォンを外す。


「遅かったじゃん」

「引き継ぎ長引いちゃって」

「頑張れ〜。中の人」


そう。3日前に名峰高校水泳部では代替わりがあった。僕ら一年に各々役職が引き継がれ、オレは宣伝広報部長に任命された。公認ツイッターやブログを定期的に更新してくという、めんどくさ……、いや、重大任務だ。


「で。なに見てたんですか?」

「べつに」

「な〜んで〜すか〜」

「たいしたもんじゃねって」

「なら教えてくれてもいっすよね?」

「……」

「せんぱい」

「誰にも言うなよ」


先輩はスマホを見せてくれた。バタフライで泳ぐアスリートの写真の上に、泳ぎ別、タイムがグンッと縮まるトレーニングの文字がおどる。これ、ブログかな。


「基礎から泳ぎ見直そうと思ってんだ。せっかく来年も続けんだから、ぶっちぎりで

自己ベスト更新したいじゃん?だからさ、ブログとか動画見て研究してんの」

熱っぽく語る幸矢先輩。めっちゃ泳ぐのが好きなんだってのが伝わってきて、なんか悔しい。好きな事。やりたい事。オレには、なんも思いつかないよ。


「もういいだろ?返して」


先輩にうながされ、スマホを返す。


「でも」

「ん?」

「なんで誰にも言っちゃいけないんすか」

「かっこわるいじゃん」

「は?」

「努力してますよって、ひけらかしてるみたいで」

「はぁ」

「思わない?」

「思いません」

「え?」

「先輩はいつもかっこいいっすからね」

「……」

「コーヒー買ってこよ」


きょどってる先輩を残して、レジに向かった。

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