第一部「風船」/第九話
第九に。
「仕事!」
彼女はポニーテールを激しく揺らしながら、部屋に入ってくるなり仁王立ちしてまくし立てた。
「仕事をして下さい! 仕事をして下さい! いいですか、この部活は全国でも例を見ない挑戦的かつ実践的な使命を背負っているんです! 仕事をして下さい! くだらない話をしている場合じゃないんです! 何が神様ですか、障害ですか! 話がいつまでも終わらないから、まったく、どれほど扉の前で右往左往したと思っているんですか! せっかくの人手を失うところだったんですよ! わたしというこの世にたった一人の絶対的な正義を! ほんとに! わたしほどいじめ撲滅に有用な人物はいないというのに、それをみすみす手放すところだったんですよ! 本当に失望しました! いじめ撲滅委員会なんですよね? いじめを撲滅するんですよね? じゃあ何でいじめに関係ないことをだらだら話しているんですか! いや、時間的な長さが問題だったって言っているんじゃあないですよ? そういう関係ないことをしちゃっているというその退廃がいけないといっているんです! だめでしょう! いじめに対する最前線であるべきこの部活が! なんでくだらない談話の場になっているんですか! 日常系ですか! なんでそんなゆったりしちゃっているんですか! いじめって言うのはそんなに甘いものではないはずです! いいや、もちろん先輩方は言うでしょう、『お前に何が分かるんだ』ってね! ええ、ええ、尤もです! わたしはまだ入部前です、入部前ですとも! この部活について特に何か知っているわけではありません! 説明会で衛藤先生が言っていたのを聞いたくらいです! でも! そんなのは関係ないんです! わたしが言っているのは、かくあるべきだ、ってことなんです! いじめって言うのは、いじめって言うのは、そんな甘いものじゃないはずです! さっきも言いましたけども! 仕事して下さい! 仕事を! 本当にいじめを撲滅する気があるんだったら、駄弁ってる暇なんてないはずです! いいや、呼吸をしている暇だって無いはずです! 息が詰まって、苦しくて、心も痛んで、でも何とかいじめられてる可哀想な人たちを助けてあげたい、だから身を粉にして、自分を犠牲にして、戦うんじゃないですか! 守るんじゃないですか! それを何ふざけた話しているんですか! 本当に、本当にやる気があるんだったら、まずわたしのような優秀な人材を、ドアの外で待たせておくなんてことはしないはずです! いや! それは言い過ぎかもしれません! 実は言い過ぎでもなんでもなく本当のことなんですが、でもそんなことは先輩方には分からないでしょうから、はったりだとか思うかもしれません! でも! しかし! だけれども! 少なくとも駄弁っているっていうのはおかしいですよね? おかしいですよね! 認めてください! 唖然とぼーっとぼけーっとしてないで! はい、わたしたちはまったく過ちを犯しておりました、って! ほら! ほら! 何でしないんですか! 別に謝罪しろって言っているわけではないんですよ! ただわたしは認めろって言っているんです! 自分たちの間違いを認めるところからまず始めなきゃ、いじめ撲滅なんて目標はどうしようもなく遠いですよ! 遠いどころか別次元です! 絶対に辿り付けません! だからわたしは今善いことをしているんです! チャンスを差し上げているんです! もちろん、わたしをドアの前で待たせておくような人たちには、分からないかもしれませんけど? わたしは、正義なんです! 正しいんです! というか、間違ったことが大嫌いなんです! え? なんか眉をひそめましたね、男のほうの先輩。まさかわたしの今やってることが間違っているとでも? そう言いたいんですか? いいえ! 間違っていません! 言っているでしょう、わたしはチャンスを差し上げているんです! この腐りきった部活が正しい道へ戻れるように! チャンスをあげてるんです! 今ここで罪を認めて、それを償っていくことこそが正しい道なのです! もう二度と部活中に無駄話を致しません、と誓うことが、この場合最も善いことなのです、つまり正義なんです! その正義を正義たるわたしが正義として正義らしく正義してるんです! 決して待たされたことに対して腹いせをしているわけではないんですよ! そりゃあ、いくら正義たるわたしとは言え、待たされればイライラだってしますよ? でもわたしは正義だから! 正義なのですから! そんな独りよがりな理由で説教したりしません! 説教するのは正義だからです! 正義はみんなのためのものでなくてはならないんです! だからわたしは正義なんです! みんなのためだから! みんなのためを思っているから! だから! 言うんです。仕事をして下さい、と。仕事仕事仕事! 仕事をして下さい! 駄弁りは仕事じゃないですよ! もっと仕事に誇りを持ってください! 皆さんの部活の掲げる目標は、現代社会にとって非常に大きな意味を持っています! それに誇りを持って下さい! 誇りを! プライドを! そしたら絶対に仕事を放ってお喋りなんて出来ないですから! 先輩方も、本来正義なんです! 正義のためにこの部活に入部したんでしょう? もう忘れてしまっているのかもしれませんが、それでも先輩方の心の純粋な部分には正義があるんです! わたしのような正義が! その正義をもっと発揮して下さい! いじめを撲滅するために! ドアの向こうでもじもじしている新入生のために! だから! そのために! その最初の一歩として! 正義の道へ踏み出すために! 正義を思い出すために! まずは認めて下さい! はい、わたしたちはまったく過ちを犯しておりました、って! ほら! 扉の向こうに待たせてごめんなさい、って!」
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