三 旅は道連れ

  三 旅は道連れ


 それから日がな一日エーデルワイスはグリンガルムの前を離れず、アイネスは番犬の襲撃を警戒して心密かに彼女の警護にあたっていた。しかし太陽が西の地平線の彼方へと沈んだときにはアイネスもすっかり警戒を解いて、春の宵の冷たいそよ風に吹かれながら「あふ」とあくびを噛み殺した。どうやら番犬は来ないらしい。手傷を負わせたから、今ごろ森を出てどこかで手当てをしているのかもしれなかった。

 と、グリンガルムだった木の前にうずくまって動かなかったエーデルワイスがやっと立ち上がった。

「もういいのか?」

 アイネスがそう声をかけると、エーデルワイスは不思議そうな顔をして振り返った。

「どうしてあなたはここにいるの?」

「またあいつが来たら、おまえ一人じゃ危ないと思ったからだ」

 アイネスは深い疲労を感じてはいたけれど、ほぼ一日ぶりの会話に嬉しくなって笑みを広げた。エーデルワイスが俯いて、両腕に抱いているグリンガルムの服に口元をうずめ、くぐもった声で云う。

「馬鹿にしないで。自分の身くらい自分で守れるわ。一人で平気よ。あなたはオードって奴を探しに行ったら?」

「そのオードと一緒に、さらわれたエルフがいるとは考えないのか」

 エーデルワイスははたと顔を上げ、エメラルドグリーンの目を縁が裂けそうなくらい見開いた。唇がかすかに震えている。月光がエーデルワイスの美しい顔に差して、まるで希望の光りで照らしているかのようだった。

「そうよ。みんなまだきっと生きてるはずだわ。探し出して、助けなきゃ」

「オードがこの森でエルフの里を襲ったらしいと、俺に教えてくれた奴がいる。パリスって云うんだが、そいつはオードと兵士たち、それにさらわれたエルフらしき集団がどこへ向かったのかを見てる」

「本当?」

「ああ。パリスはその情報と引き替えに、俺にエルフの里の調査を依頼したんだ。ここで何が起きたのか知りたいってな。事のあらましは判った。あとはこの森を出て報告するだけ。で、どうする? 一緒に来るか?」

 するとエーデルワイスの顔が硬く強張り、警戒と疑惑が目つきに濃く漂い出した。

「あなたは人間だわ」

「そうだな」

 アイネスはベルトから剣を外して、鞘ごとエーデルワイスに差し出した。エーデルワイスはその剣とアイネスの顔を交互に見やる。

「なに?」

「預ける。裏切ったら殺していい」

 エーデルワイスはアイネスの顔を穴があくほど見つめたあと、剣の柄に触れようとしてそろそろと伸ばした手を、途中で引っ込めた。

「いいわよ、別に」

「そうか?」

「そんなもの持ってたって邪魔なだけだし、裏切ったら殺すことには変わりないから」

「わかった」

 ふたたびベルトに剣を留めたアイネスは、鎧の瑕を指で撫でながら考えを纏めた。

「じゃあ出発は明日の朝ってことにするか」

 エーデルワイスが眉間に皺を寄せた。

「なに云ってるの、すぐに出るわよ」

「無理だ。一日中立ちっぱなしで疲れてる。腹が減ったし眠い。休みたい」

「人間って不便ね!」

「エルフだって睡眠は必要だろう。それに遠出するなら、ちゃんと支度をした方がいい」

「それはそうだけど」

 エーデルワイスはグリンガルムの服に顔を埋め、なにかぶつぶつ呟いていたが、やがてさっぱりとした表情になって顔をあげた。

「わかったわ。でも絶対、明日の朝一番に出るわよ」

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