第六話 売り物じゃない

 アテルイは複座式だったので、後部席に私はその身を落としていた。グレイさんの背中に当たる部分に小型モニタがいくつかあり、外の様子を文字で、映像で、数値で私に伝えてくれる。後席は周囲の状況などがわかりやすくなっているようで、サポート用に備え付けられたもののようだった。

「ハバークの兄ちゃんよ、そこにあの嬢ちゃんもいるんだろ? しばらくじっとしててくれや」

 グレイさんは歯噛みしていた。この機体アテルイを売ってきた相手。おそらく私のような人間がいなければ起動もできないような代物をこちらの足元を見て売りつけたのだ。あまり良い印象は持てなかった。

「あとそのLACSラクス起動要求セットアップ型って言うのを忘れてたな」

 例の小柄な男はその横幅に似合うような豪快な声で笑った。やはり本来ならパイロットネームエントリーでつまずいてしてまともな起動などさせられなかったはずのものということを黙って、こちらの全財産と引き換えたのだ。やはり、好人物とは言いがたい。

「おっと、だからって対人戦に持ち込もうとするんじゃねぇぞ? 多勢に無勢だろう?」

 気が付くと私のサブモニタにはアテルイを表す青三角のマーカーの周りに緑で丸い点が集まっていた。目の前のメインと思われるモニタには多数の銃を持った人々の様子が映し出されている。皆ゴロツキのような眼つきをしているが、さっきの工業エリアで見た人たちのように思えた。


 アテルイは私の操作でモードを静的に移行できたようで、最初の起動とは打って変わって目の輝きや全身が帯びた熱も失っていた。

「ソラ、どうやら大物が釣れたようだ」

「どういう意味ですか?!」

 外に声が響かないようにコソコソとグレイさんと会話する。

「ごめんな、ソラには撒き餌になってもらった」

「え――」

 驚いて大声を出しそうになった口にグレイさんのグローブが重なる。

「連中、おそらくイリーガルに買収されてる」

「私を狙ってるってことですね」

「この機体を渡したのも、ある意味で箱に閉じ込めるためなんだろう」

「まさか私のおかげで起動してしまってるとは思ってないでしょうけどね」

 グレイさんと顔を合わせて笑う。

「だから、ここでイリーガルを待つ」

「でも、今隙を突いて逃げた方がいいんじゃないですか?」

「多分この機体――アテルイに電力はそう多く積まれてないと思う」

 二つめのサブモニタには電子機器にはよくありそうな電池のマークと八%と文字が漢数字で表示されていた。少し読みづらさがある。

「だから遠くに逃げ切るのは難しい。よって、イリーガルのトレーラーを奪うのが得策だ」

「わかりました。タイミングは任せます」

 私達はモニタとにらめっこしながら待つことにした。


 しばらくして轟音とともに前方の大型跳ね上げ扉ハッチが開く。私は無謀にも缶のフタで戦いを挑もうとしたことを思い出して笑ってしまった。グレイさんが心配してきたが、その気遣いがとても嬉しかった。あの時とは違う。グレイさんがいるのだ。私はとても安心して、シートの冷えも気にならなくなってきていた。

「まずは全てのLACSラクスを破壊。脅威がなくなったところでイリーガルの誰かしらを脅してトレーラーを走らせて逃亡する」

 人が持てるサイズの銃ではLACSラクスの装甲は貫通できないとグレイさんは言っていた。関節部や頭部に関してはその限りではないらしいけど。

「敵影確認しました。おそらくLACSラクス三機にトレーラーのみです」

「おし、それぐらいならナイフがあるだけ前より勝機がある」

「アテルイにはワイヤアンカー付いてないんですか?」

 グレイさんによるとまだ使ってないからわからないと言っていた。マニュアル本も無い以上、扱いながら慣れるのが基本なのだろう。


 アテルイの持ち主だった男はトレーラーから降りた無骨な男相手にヘコヘコし始め、どうやら取引が始まったらしい。無骨な男がそれを払うようにしてアテルイに近づいてくる。

「中身は基地に輸送後、確認する。それまで支払いはできない」

 ヘコヘコ男は態度を豹変させて不服そうに講義を始めたが、無骨男は全く気にしていないという様子で待機していたLACSラクスに指示を出した。

「二機でトレーラーに積み込め。注意だ」

 近づいてきたLACSラクス達は慎重な動作でアテルイに手を置こうとした。その瞬間をグレイさんは逃そうとしない。私は大急ぎで静的モードを戦闘モードへ移行する。明るく白いワイヤーフレームで「戦闘形式」と堅い漢字が表示された。

「悪いけど、この娘は売りもんじゃないんでね」

 超音波式短刀が抜刀される。抜刀とは言ったものの、実際は腕部に埋め込まれていた刀身がマニピュレータまで展開されただけ。長さも短刀と言うに相応しく、アテルイの中指の先より一回りか二回り大きいぐらいだった。しかし素早いその動作に対応するまでもなく、左右の両LACSラクスは頭部を吹き飛ばされていた。超音波振動で一度の切断動作が何十倍もの回数分の威力に増幅され、LACSラクスの首関節部をそぎ落としてしまった。その巨大な頭が落下し、生身の人々が蜘蛛の子を散らすように離れていく。

「おいッ、こいつは動かねぇんじゃなかったのか?!」

 LACSラクスの操縦士は驚愕した様子で自身の機体を数歩下がらせる。この二機は丸腰。頭部を破壊した時点で無力化できたと確信したグレイさんはトレーラー横に残る中砲身砲――人間スケールで言うとライフルを持ったLACSラクスに突進していく。それに合わせて操縦席も幾度と無く揺さぶられるはずだが、私のモニタにはショックアブソーバが操縦席のショックを軽減している様子が表示されていた。

「来る、な!」

 戸惑った様子の最後のLACSラクス操縦士。中砲を何度か放つも、グレイさんの回避技術の前では当たるはずもなく。そう私は思っていた。が、数発が見事に腰に命中した。

「ブースタが空?!」

 相手以上に戸惑った様子のグレイさんが叫んだ。

「ヒューイ! 止めるな、撃ち続けろ!」

「は、はいっ!」

 無骨男が拡声器を手に指示を出している。周りの男達がLACSラクスクラスの中砲の砲撃音に耳を抑え、顔を歪ませているのとは対照的だ。それに励まされ、操縦士も威勢を取り戻したようで、再度中砲が構え直された。

「かくなる上はッ!」

 グレイさんが叫び、左右にステップを入れ始めた。しかし、電力が残り少ないアテルイの動きは重い。容易に銃口を合わせられてしまう。電力は残りもう三%しか残っていなかった。

「私を殺せないはずです! 直進して!」

 グレイさんに叫んだ。もうそれしかないと踏んだのか、グレイさんは素直に応じてくれた。敵弾を短刀で切り落とすなんて真似はできない。甘んじて数発を肩、左右脚と食らうが、致命傷は負っていない。相手の必要以上に慎重な狙いからも、操縦席を狙っていないということはわかった。

「うわあああ!」

 相手もパニックになったのか、後退りしながら一発、一発と撃ち込んでくる。それでも冷静さを失ったそれはもはや足元の雪に虚しく刺さるだけとなっている。腕に当たりそうな弾頭は、グレイさんが意図的に腕を振り上げ、回避した。

「二刀両断だな」

 操縦席前に両腕を交差させ、それを外側へ振る。右刀は中砲の砲身を、左刀は敵機の頭部を抉り、砲は二つに裂け、頭部は光を失って内部で火花が散る。LACSラクスは沈黙し、姿勢一つ変えずに後ろへ倒れ込んだ。ひどく慌てた様子で這い出してきた操縦士をアテルイの右手がつまみ上げる。

「ひいい!」

 操縦士の男は見る限りでは一三歳ほどの少年だった。コートをつままれながらも、手足をジタバタしている限りそう映る。グレイさんがすぐに余った手の刀身を近づけると大人しくなったけど。

「全員動くなよ、しばらくじっとしててくれや」

 グレイさんがいい笑顔で意趣返しをしつつ、トレーラーに近づいた。使いものにならないLACSラクスだけのあちらには手を出す術がない。イリーガルの人達はだいたい一三人ほどいたが、一番臆病で単純そうなさっきの少年にトレーラーを運転させることになった。今はLACSラクスから降りるのが命取りだ。LACSラクスという鎧がなければ、彼らの足元に落とさせた銃で簡単に命を奪われてしまうだろう。

「とりあえず、ここからできるだけ離れてください」

 随分臆病な子のようだったので、グレイさんではなく私が指示を出している。勿論、LACSラクスから拡声器を使用してだ。相手は大人しく従っていた。実際グレイさんにああまでやられると抵抗する気も失せてしまったように見える。黙々とアテルイの乗ったトレーラーを走らせ続け、落ち着いた頃には日が暮れてしまっていた。


「グレイさんは彼をどうするつもりで?」

「運転手くんね。俺が決めるべきじゃないと思うが、今後のことを考えると人手が欲しい」

 私達はアテルイから降りる。長時間狭い操縦席の中というのは少し辛かったけど、一人で閉じ込められたわけではなかったのでストレスにはならなかった。トレーラーの貨物収容部はアテルイがあと二機ほど収まるほどの広さだった。前にグレイさんが使用していたトレーラーよりも大型で、コンテナを置くスペースや工具類、LACSラクス用武装も見られた。前のトレーラーはLACSラクス搭載部は居住スペースと別の車両として連結される形だったが、こちらは一つの大型車両に全てが集約されている。今後もイリーガルの襲撃を想定するのなら、これはありがたかった。私達はそういう確認をしつつ、運転席へ入る。

「ご苦労様。ハイこれ」

 一人でポツンと座っていた少年に、私は湯を差し出してあげた。運転席の暖房を少しも使用していなかったのだ。少年は素直にそれを受け取り、少々迷いながらも口にしてくれていた。少年は丸眼鏡をかけていて、即座に曇りがレンズ全体に伝播した。

「さぁて、少年。悪いがしばらく我々に協力してもらう」

「……帰りたいです」

 落ち着いたのか、少年は攻勢に出た。逃げてきた我々にそれを言ってもどうしようもないだろう。微妙にだがグレイさんの顔が引きつったのが見えた。

「流石に出来ない相談だな。俺達が行けば殺される」

「殺されやしないですよ。大人達は捕まえるって」

「どうかな? 都合が良すぎる」

「僕もコクピットは狙うなって、言われました」

「それはソラを捕獲したいからだろう」

 少年はチラと私の方を見た。

「どうせ俺は殺されただろう。あそこまで暴れまわったんだからな」

「僕も……同じように殺すんですか?」

「そうしてやってもいいが?」

「グレイさん!」

 たまらず叫んだ。でもグレイさんは私を遮って続けた。

「まぁそんなつもりはない。だがタダ飯喰らいは許せん」

「わかりました。生かしてくれるというのなら、やります。やらせてください」

「割りと軽いんだな。イリーガルに戻ろうとは思わないのか?」

「戻りたいですよ、でも死にさえしなければ戻る機会ぐらいそのうち回ってくるはずです」

「思ったより逞しいな。精神の方は」

 そう言ってグレイさんはポンと彼の肩を叩いた。彼の肉体そのものはとても逞しいとは言い難く、グレイさんなりのジョークを含んだ歓迎なのだと思った。

「名前、教えてくださいよ」

 少年が、座席から振り向くようにして言った。

「グレイだ」

「ソラです」

 私もグレイさんも応えてみせる。

「僕はヒューイです」

 私とグレイさんは顔を一度見合わせた後、

「知ってる」

 ヒューイはだいぶ困惑しているようで、顔から「どうして知ってるんだ」という雰囲気が滲み出ている。

「戦闘時に聞こえたよ?」

 私がそう言うとヒューイは納得したのと同時に顔全体の血圧が外見からわかるぐらいに上昇したようだった。

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