第五話 阿弖流爲

 グレイさんは恐ろしいほど20分ほどで戻ってきた。コンテナの中でうずくまってるのはなかなか骨が折れたけど、ここまでにあったいろいろに比べればどうってことなかった。グレイさんのLACSラクスはひどくボロボロになっていて、機械とわかっていたけど少し同情してしまう。

「トレーラーはまともに動きそうにない。このまま仲良く凍死するかもな……」

「お断りですね」

 若干弱気なグレイさんの言葉にさっさと終止符を打つ。戦闘で疲弊しているようだったグレイさんに替わり、この先どうするか考える。

「私にいい考えがあります」

 グレイさんは黙って私の話を聞いていたが、聞き終えると即座に承諾した。


 私達はひとまずトレーラーに戻り、食料と使えそうな物資を全て1つのコンテナに積み込んだ。LACSラクスには所謂体育座りをしてもらって、その背中とコンテナを残ったワイヤで結びつける。こうしてLACSラクスの脚部履帯クローラを推進力として進む簡易的な雪上車が完成した。

「うん、俺が想像してたのよりはずっといい考えだったな」

「どういう意味ですか」

 そう言うと疲れを忘れたかのように笑った。グレイさんの言葉は聞き捨てならないけど、その笑顔に免じて許してやろう。


「で、お嬢さん聞きたいんですがね」

「はい?」

「なんで操縦席に二人で乗れると思ったの?」

 私はグレイさんの膝の上に乗る形でLACSラクスに搭乗していた。

「じゃあグレイさんはか弱い私を寒い寒いコンテナの中に置いておくつもりだったんですか」

「いやそういう訳じゃ、ないけど……ね」

 グレイさんは答えに窮したのか、やっぱり黙ってしまった。何か話題、話題なかっただろうか。

「結構ボロボロになっちゃいましたね、この子」

「この子って、この機体のことか?」

 私は頷く。通学用の自転車にも名前をつけていた私としては、この子をモノ扱いすることは難しいことだった。

「この機体な、俺の親の代から使ってて武器が無いんだ」

「えっ、あの腰からビューって銛出す奴は?」

「あれは姿勢維持用のワイヤアンカーであって、断じて武器ではない」

「……随分無茶な戦い方してたんですね」

「敵の大将にも言われたよ。無茶苦茶だーって」

「あの人達置いてきて大丈夫だったんですか?」

「正直なところ機体は使用不能にできたが生身だと勝ち目がない。銃を持ち出してきたら厄介だ」

 私は賊の車両の中で起きたことを思い出して身震いした。そうだ、他人のことを案じている余裕なんてない。自分が生きることを考えなくては。そう自分に言い聞かせてはいるが、あの人達もなんとか無事に家に帰れたらいいななんて考えてしまう。

「これからどうなるんですか、私達」

「とにかく近くの地下居住区ジオフロントを目指す」

「この子、ちゃんと修理してあげられますかね……」

「流石にここまでやられたらオーバーホールが必要だ」

 おおばあほおる? わからない。そうだ、これがあった。と足元から事典を取り出してみせる。


・オーバーホール[おーばーほーる] overhaul

 -部品単位で分解し、再組み立てする上で不良箇所を修理、ほぼ新品時の性能を取り戻すこと。


「つまり?」

「新しく機体入手したほうがずっと楽」

「むぅ、なんだかこの子が可哀想です」

「機械は人間の使う道具なんだ、運命と言ってしまったら残酷かもしれないけど」

「納得できません……」

 昔のアニメでもあった気がする。どうしても倒せない敵を倒すため、宇宙まで行って敵と心中するロボットやヒーロー達。どうしても私は感情移入してしまうのだ。

「あぁしかし、トレーラーを失ったのは痛かったな」

「すみません、私のせいで」

「ソラのせいじゃない、トレーラーを盾にしたの俺だしな」

「いっその事、誰かから略奪しちゃいません?」

 急に黒い考えが浮かぶ。口に出すだけなら容易いものだ。

「そう簡単に言うけどよ、この状態のこいつじゃ何もできんぜ」

「うーん、誰かに雇ってもらうとか? 私みたいに」

「俺達の間の言葉が通じる連中の地下居住区ジオフロントだといいんだがな」

 賊の連中が英語を話していた辺り、言語が日本語で統一されたわけではないのはわかる。

「幸い、この辺りは言葉の通じる連中のエリアだ、間違った方向へ向かってなければ」

「凄い不安なんですけど」

「土地勘はあるから安心しなって」

 こうしてグレイさんと話すことができる。会った時から考えると随分と打ち解けられた気がして

私の心は喜びで一杯になる。この先どうなるかは、全然わからないけど。

「おっ、見えたぞソラ!」

 結局グレイさんの上で寝てしまった私は寝ぼけた意識を覚醒させながら、旅行帰りのような気分を味わっていた。このまま眠っていたいけど、降りないわけにも行かないような、そんな感情。

「おら、さっさと出てくれないと俺もここから出れないんですがね、お嬢様?」

 LACSラクスの操縦席自体がスライドして足元に白い雪の積もった地面が現れる。両足で表面の軽い雪を踏みしめると、横からの雪風が頬にかかってくる。


 地下居住区ジオフロントはこの前行ったところより少し広いといった感じだが、活気にあふれていて若者の姿も散見される。大型の機械もずっと多い。グレイさんはLACSラクス系の業者があるか確認している様子だったが、すぐに私の手を引いて工業機械の密集したエリアの一角までやってきた。

LACSラクスを手に入れたい」

 グレイさんは凛とした様子で強面で背の小さめな男性に言う。

「悪ぃけどよ、うちはここの警備部隊さんとしか取引しねぇ」

「あそこのボロいのでも駄目か?」

 ふっ、と男性の眼つきが変わった。ギラギラとした、商人の眼だ。

「おめぇさん、いくら出せる?」

「両腕の破損したハバーク・モデルのLACSラクスと一千標準通貨クレジット

「そのハバーク・モデル、見せてみな」

 小さな店主男はそのずんぐりとした体を傾け、勢いをつけて椅子から立ち上がるとグレイさんの後をついていく。 

「おぉう? 元は悪くねぇようだが、これはひでぇな。ドンパチでもしたか?」

 図星だ。今まで沢山のLACSラクスを見てきた人の前ではすぐに見抜かれてしまうのだろう。

「もしくは操縦席開いたら死体が……なんてこたぁねぇよな?」

 拾い物とでも思われたのだろうか、随分と疑り深くかかってくる男。だがすぐに顔色を変えて言った。

「もう一千積むってんなら、あのオンボロをくれてやってもいい」

「助かる」

 そう答えたグレイさんはポケットから無造作に取り出した紙幣を男に渡した。

「取引成立だ」

 オンボロ呼ばわりされた不名誉なLACSラクスはすぐに小型のトレーラーで運ばれてきて、そのトレーラーにグレイさんの相棒が乗って連れて行かれてしまった。私はそれが見えなくなるまで眺め続けた。


「あの……もしかしてですけど、全財産出してたりしません?」

 操縦席に飛び乗るグレイさんに語りかける。

「もしかしなくてもそうだ」

「えっー! LACSラクス買えばいいってもんじゃないでしょう!」

「それがな、LACSラクス買えばいいのが俺の生き方だ」

 無茶苦茶振りは戦闘の時と変わらないようだ。

「ありがたいことに、旧式とはいえ作業用ナイフを内蔵してるからな。戦いようがある」

「また、戦うつもりなんですか?」

「そうしなきゃ生きていけない。って言っただろう?」

 頭ではわかってる。でも、やっぱり聞かずにはいられない。そういう自分がまだいることに、少し安堵して気持ちが和らいだ。するとグレイさんが突然喚き始めた。

「……あんのタコ親父! 不良品掴ませやがった!」

「オンボロって言ってたじゃないですかぁ、当然ですよ」

「そうじゃなくてだな……」

 グレイさんは本当に深い溜息をついて話してくれた。

LACSラクスには二種類ある。頑固な奴とそうでない奴だ」

「はい?」

LACSラクスは基本的に起動してやると普通に操縦席には外部風景が投影されて、戦闘できるようになる」

「そりゃそうですね」

 グレイさんが話すのをやめてしまわないように一つ一つ返答を返す。

「だがこいつの場合、起動はしてるんだが、外部風景が投影されずに妙な画面のままだ……」

 頭を押さえ、意気消沈するグレイさんを前に、私は気になって操縦席までよじ登ってみた。前の機体と比べるとずっと角ばった操縦席を取り囲むように黒が広がっていて、グレイさんの目の先にはワイヤーフレームのような白い文字で「パイロットネームエントリー」と書かれていた。

「同業者の中ではマシンそのものが死んでるって意味だと考察してる奴もいる」

 あーあ、という具合に座席にもたれかかりながらグレイさんがぼやく。

「パイロットネーム、エントリー」

「え?」

 私が急に呟いたからか、グレイさんはひどく驚いた様子だった。

「ソラ……さん、この字も、読めたの?」

 あぁ、そうか。グレイさんは私は漢字と平仮名を読めるとは思っているが、片仮名を読めるとは知らない。漢字を見ると外国の人は全体像を捉えて、絵として認識する。対して日本人は部首ごとの集合体として認識する。漢字と片仮名に関連性があって、同じ言語だとは夢にも思っていなかったのだろう。

「えっと、これは片仮名って言って、今まで私が読んできた言葉と同質のものなんです」

 グレイさんに思わず笑顔でピースサイン。今までグレイさんについて行っているだけで、何の役にも立てていない。その後ろめたさが吹き飛んで勢いのままに動いてしまった。女子高生の悪い癖である。それでも笑顔から察してくれたグレイさんはぎこちない手つきで狭い操縦席にもう一つのピースサインを作ってみせた。


「で、結局のところ、操縦者名を、エントリー?」

「グレイさんの名前を知りたいみたいですね、この子は」

「どうやって教えてやればいいんだ?」

「こう、かな」

 グレイさんの肘掛けの部分にキーボードが畳まれているのを見て、手を伸ばす。カチッと景気のいい音がしてグレイさんの腿の上にキーボードが展開した。

「この鍵盤を押してやればいいってことか」

「私がやります」

「お願いしますよ、先生」

 神妙な様子になってグレイさんは両腕を肩の高さまで上げてキーボードを私に預ける。操縦席のハッチが側面に取り付けられていて、その外から腕を伸ばしているので少しありがたかった。キーボードは私のよく知っている一般的なパソコンと同じタイプで文字のプリントもされていたので、私でも打てそうだった。Gを叩いてやるとパイロットネームエントリーと書かれた下の部分に、テキストボックスが現れる。私は迷わずにG、R、A、Yと打ってみせる。もっとも、人差し指で一文字一文字しっかり探しながらやったので数分かかってしまった。

「また違う文字だな、これもソラの言葉の仲間なのか?」

「いえ、これは全く別の言語です。グレイって、打ちました」

「これが俺の名前か」

 しみじみとしてテキストボックスを眺めるグレイさんをよそに、私は決定しようとエンターキーを押す。するとこれまたワイヤーフレームで大きなウィンドウが現れ「入力は全角漢字表記で苗字と名前の間にスペースを置いてください」と表示された。これ日本人じゃないと登録できないじゃないか。ソフトウェアOSが国内向けのものだったということだろうか。


「ソラ、大丈夫なのか?」

「ちょっとやり方を間違えたみたいです。やり直しますね」

 グレイさんは少し不安になったようだった。少しでも希望を持ってしまうと失った時の絶望が大きくなる。試験の点数が削られた時のような感覚。でも大丈夫だ。漢字表記に直すだけで良い。そういえばグレイさんには苗字がなかった。しかし明確に入力するよう指示されているため書かないわけにはいかない。こういう時はハッタリで苗字をでっち上げてしまうのがいい。

「もうこれでいいか!」

 自分に言い聞かせるように、幾分か大きめの声で言って、私は左上端にあるキーで入力モードを全角平仮名に変更。今度は速やかにS、A、T、O、Uを探しだして打ち込み、スペースキーを押して漢字へと変換する。もう一度スペースキーを押して空白を置き、今度はH、A、Iと打つ。これも変換してやって「灰」に直す。グレイさんの名前の意味がこっちではなく別のニュアンスがあるのだとしたら大問題だが、おそらく気にすることはないだろう。この機体が動けば良いのだから。最後にエンターキーを格好つけて力強く叩いてやると、認証中の文字と進行度を示すプログレスバーが現れる。

「おお、凄いぞソラ!」

 グレイさんは歓喜の声を上げている。私と同じ名字にされたとも知らずに……無邪気なものだ。私はこの世界にきて二度目のドヤ顔を披露してみせた。が、それも束の間だった。


LACSラクスネーム、エントリー」

「今度は機体の名前決めろってか?」

「どうやらそのようです」

「この仕掛けを作ったのはソラじゃないのか? LACSラクスに名前を付けたがるなんてさ」

 冗談めかした様子だったが、私にはある仮説が浮かんでいた。というかほぼ確信に近い。このLACSラクスは、日本人が作ったものだろう。そもそも漢字での入力を要求してくる時点でほぼ確定しているようなものだったが。

「名前、どうします?」

「ソラが決めてくれ、その方がいいと思う」

「そうですねぇ、うーん……」

 やはり雪に強そうな名前がいいだろうか。ナポレオンは却下だな。シモ・ヘイヘ、は雪に強そうだけどシモだけでもヘイヘだけでも少し短すぎる気がするし、あまり中黒を置きたくはなかったので却下。そしてそれ以前に漢字以外での入力を受け付けなかったので、世界史ネームのインスパイアはできそうになかった。

「アテルイ、アテルイなんて、どうでしょう」

「今度はどんな人物なんだ?」

 私と事典の偉人解説攻撃を前にグレイさんは割りとしっかり私の言葉に耳を傾けていてくれたが既に二桁に到達する人数を解説していたため、もうなんでもいいんじゃないかという心の声がダイレクトにグレイさんの顔に出ていた。

「蝦夷の武将なんですけど、詳しい情報はあまり残ってないみたいですね」

「そりゃいい、変な弱点とか連想する名前は嫌だし、情報が少ないほうが俺は良いと思う」

「じゃ、阿弖流爲でエントリーしちゃいますよ」

 こうして数十分にも及ぶLACSラクスネームエントリー講義も無事終幕を迎えた。エンターを押すとグレイさんの前方にLACSラクスの見ている世界が表示される。操縦席のハッチの上の私の隣でその大きな頭部からジ、ジとモーターの音がして、そのうちに一つ目が光を灯す。

「これからよろしくね」

 つい語りかけた。目覚めた機人は身動き一つとらないが、その目の光を見て私は不思議な安心感を感じていた。


 その時、操縦席の画面に新しくウィンドウが現れ、グレイさんが私を呼んだ。慌ててそれを見る。それはムービーのようなものだった。画面端からパーツが集まるような面白い視覚効果で企業のロゴが出来上がる。そのロゴに私は見覚えがあった。

「六角重工グループ」

 私のつぶやきとサウンドロゴの音声が重なった。映像にはアテルイと同タイプの機体が映しだされている。

「この度は、我が六角重工の誇る最新の一七ヒトナナ式大型火器運搬重機械、アマミヤをご購入いただきありがとうございます」

 どうやら製品紹介のムービーらしい。

「出力が従来の製品から20%前後、反応速度が0.1秒向上」

 よくあるカタログスペックの提示を聞き取りやすい女性のアナウンスが解説する。

「固定兵装として両腕部に超音波式短刀を搭載、作業と戦闘のどちらにも対応します」

 グレイさんが作業用ナイフと言っていたものの解説もなされた。

「そして最大の特徴として極限状態での稼働能力が挙げられます。深海や宇宙空間においても、機士の安全性と全部位の稼働を実現」

 そんな状況で大丈夫ということは、操縦席の密閉状況は完璧なのだろう。雪ばかりのこの世界においてはありがたい機能といえるかもしれない。最後にフリーダイヤルのカスタマーサポートセンターの電話番号が示され、ムービーは途切れた。

「ソラ、あの親父も俺もこれはオンボロだと思ってた」

 パッと見る限りでは塗装が剥げ、錆び付いているような部分も見受けられたこの機体を前にしたら誰もがそう思うだろう。

「でも今の、話を聞く限り、オンボロなんて表現は割に合わない代物を手に入れたのかもしれない」

「なんてったって、アテルイですから」

 私はそう言ってまた、ピースサインをしてみせた。

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