第四話 風吹く戦場

 俺はグローブ越しに両操縦桿を握る。頭にゴムバンドで括りつけたサングラスのような見た目のHMDヘッド・マウント・ディスプレイを通してLACSラクスの見ている世界を理解する。LACSラクスとの会話。相手は機械だ、次はどうしたいとか、こう動いて欲しいとか、操縦桿やペダルといった入力装置を用いて教えてやる。すると相手は驚くべき早さと忠実さをもって応えてくれる。俺はLACSラクスに乗るのが好きだった。親の影響もある。物心ついた時から両親が使うLACSラクスの姿を見てきた。そして両親が死んだ時、彼らの生きるための戦いは俺の生きるための戦いになった。だから、LACSラクスを扱うのは呼吸することと同義だ。


 今日、これからは違う。俺だけの戦いではない。偶然拾った謎めいた少女。少しばかり騒々しいところもあるが、礼儀もある。少女は困惑し一度出て行ったが、経験を携えて帰ってきた。人生万事塞翁が馬。親がよく言っていたのを思い出す。俺は少女を雇うという名目で引き止めることにした。少女はまだ無力だ。俺に物心がついた頃と同じように。だから守ってやりたいと、そう思った。そんな少女は自ら助けて欲しいと頼んできた。最初は口先ばかり一人前だと思っていたが、そういう素直なところは嫌いではなかった。


「それなりに美人だしな」

「グレイさん何か言いました?」

 通信端末を通して少女、ソラの声が届く。

「ちゃんとそのジテンを守っててくれ」

 そういうとすぐ黙った。命のやり取りを前に緊張感を欠いてはいけない。両親はそのせいで死んだ。両手を用いて頬を叩き、気を引き締める。冷えたグローブが乾いた頬に効いた。


「ここに、置きます」

 拡声器をアクティブにする。ソラが入っていることから慎重になり、いかにも恐る恐るといった感じの声だ。まるで小物である。が、相手に油断させたい。敵は四機、こちらは一機。少しでも勝機が欲しかった。呼びかけてきたLACSラクスが部下に指示を出し、近づいてくる。相手もソラが欲しければコンテナの扱いには気をつけるはずであった。


 軽い金属音がしてコンテナのロックが解除された。グレイの背後にはトレーラー、目の前にコンテナと敵一機、さらに奥に隊長機と思われる機体が一つ、トレーラーの左右に一機づつの配置。コンテナ前機体は上部板を剥がそうと前のめりになった。

「コンテナハッチ、開放します」

 無駄な報告の隙、機体の左手をコンテナ前の一機の頭部センサーにめり込ませる。頭部直下に操縦席があるLACSラクスには致命傷だ。操縦装置が無事でも頭部に集約された光学機器のほとんどが潰され、戦闘行動など行えるはずもない。こちらの機体の指先でも届いたのか、小さな悲鳴が漏れる。

「隊長、コイツは!?」

「発砲しなさい、コンテナには当てないように」

 流石に反応が素早い。敵機の手持ち重火器が火を吹き、後方へ回避したものの突き出していた左手が徹甲弾の餌食となって霧散した。グレイはトレーラーを背に、片方の1機に目をつける。前方からの機関砲射撃は正確性がない、腰部ロケットで左右に避ける。後方はトレーラーのおかげで狙いに定まりがない。勿論、徹甲弾の威力は折り紙つきで、トレーラーなど容易に貫いてしまう。多少の被弾は当然だが、集弾率グルーピングの低い連装機関砲の有効射程距離は実際に届く距離よりも短い。加えてあちらからではトレーラーが視界に常に入り、こちらの全体像は掴めないだろう。


「2番機は接近されないようにしてください、距離を置いて射撃を」

 指揮官は戦況に合わせた指示を出せてはいるようだが、動揺しているのが声からひしひしと伝わってくる。おとなしく娘を渡すとでも思ったのか。

「4番機、援護してください。私が肉薄します」

 履帯クローラで雪を跳ね上げ、隊長機が一気に近づいてきた。アイスバーン上でも速度を緩めず、最高速度を維持して迫ってくる。

「前方回避で手一杯だってのに!」

「悪態をつく余裕があるとは、我々も侮られたものですね」

 グレイの目にカーソルが映る。カーソルが敵機と重なった瞬間、操縦桿の中指が対応するトリガーを引く。腰部から矢に似たワイヤアンカが射出される。それは前方の敵機の関節部を捕らえ、グレイ機との間を結んだ。が、射撃に集中力を回した結果か、隊長機の意地か、右の肩部が根こそぎ弾丸に持って行かれた。

「2番機、ワイヤーを早めに処理しなさい」

「急いでます」

 その間にグレイ機は履帯クローラの速度を維持したまま、跳躍した。それは全くパワーのバランスや速度を考慮したものではなかったがワイヤによって固定された軌道に落ち着く。グレイ機は2番機を飛び越え、崩れた形状の左手を地面に打ちつけるようにして着地。ワイヤを引き戻し、2番機を手玉に取る。

「なんて無茶苦茶な!」

 2番機はワイヤを処理しようと火器を両手から片手に持ち替えていたため、射撃に移行する前にこの距離をとられてしまった。もはや何の形を成していたのかわからない左手で2番機の頭部は貫かれ、さらに2番機そのものが盾にされている。


「いい加減、引いてくれませんかね」

 グレイは思っていたことをそのまま口にした。

「我々とて生活が懸かっているのです。むざむざ引くことなどできません」

「なるほど……ね」

 その生活のために少女を売るのか。とグレイは言いたかったが、自分も今まで生活のためと割り切り多くの対立した同業者を殺してきた。ソラのおかげで実感したことだが、自分の思考回路の変化にグレイは少し戸惑いを得ていた。

「あなたもたかが少女一人に躍起になり過ぎではないかと思いますがね」

 隊長機の横の4番機も口を出してきた。グレイの行動が疑問なのだろう。

「あんたも、直接頼まれればわかるさ」

「少女に助けてくれとでも頼まれたのか?」

 敵機群の拡声器から失笑が漏れる。グレイは会話を続けながら、先程と同様にカーソルを起動する。光学機器による自動オートロックではなく、手動マニュアルで射撃方向を指定してやる。

「まるでわかりやすい男だな。その歳まで一体何を学んできた?」

 馬鹿にしたような口調を止めようとしない4番機の操縦士。声から察するにだいぶ若い。

「こういう場のやり過ごし方だ」

 グレイがそう言うが早いか、2番機の陰から覗かせたグレイ機の腰部はアンカーを放っていた。


「えっ」

 4番機が反応する間もなく、頭部が貫かれた。おまけとばかりにアンカーの先端が展開し、さらに内部を破壊する。本来は固定を確かにするため使用される。

「4番機、その状態でトリガを引かないでくださいね。私がケリをつけますから」

 猛獣の手綱を手繰るように隊長機が4番機へ静止を促す。

「そろそろ弾薬切れかなと思いますが」

 グレイは適度に挑発に意識を回す。

「安心しなさい、貴機を大破させる分ぐらいはあるようです」

 実際のところは、両腰のアンカーを使用したグレイのほうが弾切れもいいところである。加えて敵機は一機だが無傷も同然、対するグレイ機は右腕も火器もなく、残った左腕も火器は握れない。

「先手を取らせてもらいますね!」

 隊長機が回り込んでくる。グレイは急いでアンカーを切り離し、敵機との間に2番機を挟むようにして移動するが、大回りで移動できる相手と違い、一歩づつの回頭になるため追いつけない。

「側面、とりましたよ!」

 隊長機から歓喜の声が響いた。

「でもこっちは正面いただいた!」

 グレイは機体を側面に跳躍させ、側面ブースタを連続点火。燃料が装填されていた薬莢が次々と排莢されていく。まるで蟹歩きをステップに変えたようなひどく不格好な機動で、残った左腕を使い操縦席を庇うようにして敵機に突っ込んだ。多数の徹甲弾が機体を打つ。

「ぬおっ!?」

 雪上にグレイ機を上にして二機が倒れこむ。グレイは例のごとく左手を叩き込み、敵機は雪の中に埋もれた。

「最後の最後までなんて無茶苦茶な男か!」

「勝てば手法は関係ない、と俺は思うな」

「それも、そうです……ね」


 なんとかなったが、装備はほぼ使い物にならなくなった。トレーラーも使用できないだろう。積もる不安に、意図せず溜息が漏れた。

「とりあえず、どうやって戻ろうか」

 グレイはそう言ってモニタ越しに敵機の潰れた頭部を見た。雪の冷たさを含んだ風がグレイの頬を撫でた。

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