第54話
火を噴いた災害現場から決死の帰還劇を演じたような荒い息遣いを私はしていた、と表現してもオーバーではなかった。実家に着き、背中や肩から重い荷を下ろし、娘たちの黄色い声が広い家中に響き、父と母が満面の笑みで迎えてくれた時は、数日前のとんでもない茶番の悪い余韻は引き摺っていたが、ようやくかろうじて命は助かった、とひと息つけた。
帰国前、母が幼稚園の主任先生に事情を説明し、ご挨拶や入園手続きやらに伺えば良い日時を決めてくれていた。
ヒマワリみたいな太陽が昇った8月の朝、娘たちと幼稚園を訪れた。私と主任先生が話をする間、蘭と桂が静かに待っていられるはずない、と母が付き添ってくれていた。
夏休み中の園には、主任の永江先生と、20代前半と思しき岸谷先生が当直でおられた。岸谷先生は、蘭が通うことになる年少組の担任だった。2人とも大歓迎してくださり、「2学期から新しいお友達が来ます!」と蘭の加入の予告を載せた最新の園だよりも見せてもらい、ここで初めて、台湾での修羅場とジャックの呪縛から解放された心地がしたものである。安息の地がここにあり、好意的に我々を受け入れてくれる人々がいる、と実感できた。
その幼稚園は2クラス制で、年長組と年少組のみだった。学齢ならぬ園齢に達しない桂の入園は、次の春(2009年春)となった。当時もう、父は酸素吸入チューブを鼻に入れてはいたが、車の運転や普通の生活はゆっくりながら可能だったため、入園までの7ヶ月間、桂を一番世話してくれたのは75歳の父だった。
地元の温かさに包まれて、やっと有酸素呼吸ができるような回復感を得られたが、永江先生の、
「こちらにおられるのはいつまでですか?」
との問いかけに、明確な答えを返せないのが恨めしかった。
「1年は問題ないと思いますが、まだはっきりとは申し上げられないんです。」
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