第55話

私はできるだけ、‘特異で複雑な家庭状況’を匂わせないよう努めながら、台湾にいる夫の同意を得られる期間、1年はまず問題ないと思います、と答えた。

実際、「1年」は協議済みだった。私としては、上の蘭が卒園するまでの1年半を希望したが、協議済みの1年でさえ、ジャックの気性を考えれば、大変危うい口約束と言わざるを得なかった。


帰国後、私は1日も欠かさずデジカメで娘たちの姿を撮り、メールに添付してジャックに送った。娘たちの無事や生活の様子を父親なら知りたいはずだし、長期一時帰国させてもらっている恩義を感じてもいたし、寝た子を起こさない予防策でもあった。

また、週に一度はSKYPEでジャックと娘たちが直に話す機会を作った。

ジャックと彼女らのやり取りや、夫婦間のメールや会話の中には、私を凍らせる冷淡な言葉がしょっちゅう投げかけられた。

1年半日本に留まりたい、と考える私に、ジャックはいつ娘たちを迎えに行くかわからないぞ、とのニュアンスを含んだ発言をしたし、

「台湾には君は帰って来なくていいよ。娘たちだけ返してくれればいいから。」

とたびたび言われ、私は自分だけでそれを消化する力がなく、母に打ち明けては共に無口になった。

「ひとつひとつ、ジャックの言葉を気にするのはやめなさい。ちょっと神経質になり過ぎてるわ。」

と諭されたりもした。

確かに、例によってくれくれと機嫌や考えが変化するジャックとまともに対峙していては精神的にもたなかったし、それゆえ、真面目に相手をしていても、いつこの件が覆されるかわからないバカバカしさみたいなものもあった。

それらを繰り返し、乗り越え、2009年台湾の旧正月休暇にジャックが来日し、同じ年の夏休みに娘たちを1ヶ月ほど台湾へ返すことで、最終的に私の希望通り、蘭は2010年3月、日本で幼稚園を卒園した。

また、少子化の煽りを受け、蘭たちの学年の卒園を以って、この幼稚園は廃園となり、認定こども園に移行した。

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