第38話

朱老師が音楽教室を開いている噂を聞きつけ、

「ねえ、私、ピアノ講師のバイトがしたいの。あなたのところでやらせてもらえないかなあ。」

と声をかけて来る学友がいるらしいが、彼女は音楽のセンス、実力、人柄などをとても厳しく吟味しており、安請け合いはしない。良い講師になれそうにない友人には、

「ごめん、今空きがないの。」

と断わると言う。

我が師匠・江清雄老師については、こう述べた。

「彼とは高校時代からずっと一緒。院まで進んだ二胡専攻の友達は3人いるけど、江くんが一番上手。性格もいいしね。高校から今まで、彼が怒ったところ、一回も見たことないのよ。」


江老師は、私にとって2人目の師匠となる。最初は女性で、これまたできた先生だったが、結婚のため台北を離れることになった。

正直言って、男の先生はやりにくそう、と不安だった。が、江老師の二胡の上手さ、楽曲の理解度、表現力の高さには驚き、感動すらした。二胡にせよ、その曲にせよ、〝これは芸術なんだ!!〟と思い知らされた。

あまりに感銘を受け、思わず握手を求めたら、江老師の手は汗で濡れていて、彼はしきりに恐縮した。

「僕は汗っかきなんで……」

と。台湾は南国だし、季節は夏だった。もちろん教室にはクーラーが入っているが、びっくりだった。何がびっくりかと言うと、あんな濡れた指で二胡がちゃんと演奏できることに、である。

私も人前で演奏したり、暑い部屋で弾いていると、手が汗ばむ。すると、指が弦の上でうまく滑らず、満足な音が出せない。練習の際は、部屋を冷やせば済むことだが、人前で演奏する時の緊張で手が汗ばむのを防ぐのは至難の技だ。デリケートな楽器だし、弾く方もデリケートになる。場数を踏んで、少しずつ肝がすわり、平常心で普段通りに弾けるようになることを、私はのちに身を以て知ることになる。

〝あんな手で、あんばきれいな音色が出せるなんてすごい!!〟

江老師を尊敬する要素は、そこここに転がっていた。

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