第31話
日本からはFAXで予約を入れる。フロントでそう言われるからだ。
数回投宿すると、窓がどの向きにあるか、そこからの景色が好きかどうか
学習する。まず、窓がない割安な部屋もあるが、味気ないから選択しない。そして、3度目の2015年は、「中和路の玉山銀行側の部屋」と指定したら、9泊ともそこをとってもらえた。そちら側は朝市が左隅に見え、桂が住むマンションもかすかに望める。賑やかな通りが眼下に走り、対角線上にはマックがある。朝市の奥には小学校が建っている、という寸法だ。
この年の9泊10日の台湾滞在は、私と桂にとって非常に記念すべき、重要な時間となった。蘭と失意のうちに日本に帰国定住して以来、桂と2人だけであんなにゆっくり濃密な時間を過ごしたことはなかった。
桂には桂の夏休みがあり、ジャックが友人宅に桂を伴ったり、祖母(私にとっては元義母)達とお墓参りをしたり、だ。
私にも私の台湾ならではのイベントがあった。2015年は前年と比べて、精力的に旧交を温めた。相手とのスケジュールがどれもうまく合ったのが大きかった。
そして、毎晩私のホテルに泊まりに来るわけにはいかなかったものの、母娘水入らずの時間は思いの外、豊富にあった。
前年との大きな違いは、ホテルの2軒隣りにカフェができたことだった。
初めて聞く名前だったが、チェーン展開していると若い店員は言った。すべて漢字表記になる中国語圏の台湾だが、便宜上、音訳して《ルイサ珈琲》としよう。
濃茶の木造りで、2階席もあり、壁には欧米テイストの絵画や写真が多く掛けられている。テイクアウトだけのドリンクスタンドが多い台湾だが、
カフェにいるそれ自体が大好きな私は、こういう店が一軒でも増えるのが嬉しい。それに、スタバみたいに価格帯が高くなく、気軽に寄れる。実際、様々な年齢層の男女で、活気があった。
コーヒー、紅茶、緑茶、ウーロン茶にフルーツベースのドリンクが各種揃っているのは、台湾文化のひとつで、ウキウキする。また、ルイサ珈琲は軽食も充実しており、桂と昼会うと、ランチはここだった。桂も2階席で私と向き合い、私のiPadに興じたり、読書したり、おしゃべりするのを好んだ。2時間くらいくつろぐのが常だった。
真面目なテーマを決めて、母娘が話し合ったわけではないが、宿やルイサ珈琲でゆったり過ごしたり、桂が行きたい大型文具店に連れて行って存分にショッピングを楽しませてやったり(パパは連れて行ってくれないらしい)、バスで席が一個しか空いていない時は、10歳にしては小柄な桂を膝に乗せたり、手を引いたりしていると、身近にいられない長い時が確実に埋められて行くのを実感した。
その幸せな気づきと関係は、台湾にいた期間だけではなかった。
あの夏以来、LINEやSKYPEなどでの桂の私に対する言動は変化した。大好きな姉・蘭ちゃん(お姉ちゃん、とは呼ばない)一辺倒ではなく、「ママは?」「ママに……」ということがグンと増えた。
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