第16話

晴れて桂は日本の祖父母と母、姉がいる家に帰り、宝物柴犬フウと思う存分じゃれ合うことができた。夏なので、桂はフウのサークル(その中には小屋が入っていた)のそばに、屋外用の椅子や机を運んだり、ビニールシートを敷いたり工夫して、1日の多くの時間をフウのそばで過ごした。祖父手作りのブランコもフウが見える場所にあり、それでふわふわ揺れながらも愛犬を愛でていた。

「フウちゃん、かわい、フウちゃん、カワイ………」

自ら節をつけた歌もしょっちゅう口ずさんだ。蘭が家の中に入ってテレビを見たり、他の遊びに取り掛かっても、桂はフウを優先した。可愛がるだけでなく、散歩やシャンプー、餌やりなどなど、世話もしっかりした。夕飯を終えた後でも、何度かフウを見に行った。家族が呆れるほどだった。年々日本の家に帰るたび、フウは白くなっていた。老齢で白髪が増えるのだった。どうしても人間より寿命が短い犬と、それを並はずれて好む桂の風景は、心を打ち、残酷なほど愛おしかった。


あの夏、次女は帰って来られて本当に良かった。明くる春、桜が五分咲きの頃、フウは持病と老衰のため、最も長く世話をした私の母に抱かれて、静かに息をひきとった。生を受けて18年目の春、大往生だった。


台湾でも柴犬は人気があり、台北で時折見かけた。桂は柴犬を見ると、

フウちゃん! と言う。フウが大好きな柴犬の代名詞にもなっている。

ジャックが自宅で犬を飼うのを嫌がるし、マンション住まいの大都会では犬もかわいそう、というので、今はガマン。桂は大人になったら自分で2匹の柴犬を飼うと決めている。フウみたいな茶色のと、黒い子。たぶん、茶色のメスの方を「フウ」と名付けるだろう。

幼い頃からの桂の夢は、獣医になること。ジャックも私も賛成し、激励したものだ。私もかつて同じ夢を抱いたが、理数系が苦手で、高校時代に断念したため、ぜひ娘には実現させてほしい。

国が変われば、祝祭日も変わる。台湾にゴールデンウイークとか天皇誕生日とか勤労感謝の日とか海の日など諸々の休日はない。(夏至、冬至みたいなのは同じだけど) 日本の暦を意識してほしい気持ちと、柴犬の卓上カレンダーが販売されているのを知り、年末はそれを桂に送ることが恒例になっている。“超”が付く犬好きは母、私、桂、と三代繋がっている。よちよち、危なっかしい足取りの時から、桂はゴールデンレトリーバーやセントバーナードという大型犬にでも両手を広げてハグしに行った。飼主さんが心配してくれたことしばしばだったが、私には桂の気持ちが理解できたし、私の血を引いたわが子が誇らしい思いだった。


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