第17話

母はフウを見送ると、意外にも、

「もう犬は飼わない。」

と宣言した。18年近くフウを間近で感じ、育ててきたから、次の子に心が向かないのと、自分が高齢になり、最後まで次の子の面倒を見てやれない恐れがあるから、と言った。そういう心情は理解に難くなかったけど、私も、さほど犬好きでもない蘭もガッカリした。

お嫁に来て、この家で生きて来た年月や、家事全般への貢献度を鑑みれば、母の決定は重かった。それなら仕方ないな、と一旦は思った。


だが、これも意外だが、蘭がしきりに、犬が欲しい!と言うようになった。

ばあちゃん、何でもう飼わないの〜、と。

犬がいると、何かと物入りだし、散歩も毎日欠かせない。いない生活は人間サイドから見て、楽ではあったが、私も犬の気配がないわが家に違和感はあった。でもな〜、母は要らないと言ってるし、母子家庭には負担が大きいし…… 思いは行ったり来たりした。


うちから車で(この辺りは自家用車がないと不便で、まず暮らしが成り立たない) 20分弱のところに、ショッピングモールがある。他にも似た規模のものはいくつかあるものの、そこには市内最大の書店、可愛い雑貨屋、ミスタードーナツなどなど15店舗が入り、ペットショップがあるのも魅力でたびたび訪れる。犬に限らず、動物、鳥全般にわたり心を掴まれ、愛情を感じる私は、再三足を運び、ハムスターを購入したこともあって、すっかり店長さんに覚えられ、親しくなっていた。

ベビーラッシュで、仔犬や仔猫がおおぜいやって来ると、来店する頻度がさらに増した。もし、また飼うなら柴、と考えていたが、フウを超える柴ちゃんにはなかなか出会えない。好みもあるが、改めてフウはベッピンだったのだと認識。


初秋のある日、私は常連の気安さでペットショップに入った。「可愛い仔犬、入荷しました!」と表側(駐車場側)に手描きのポスターが貼ってあるし

週末だったし、チビちゃんたちのガラス張りのブースには近寄れないくらいにぎわっていた。常連としてはお店の繁盛を嬉しく思い、急ぐわけでもないし、スペースができるまで待っていよう、と思った。

と、その時、ガラスを通さない生の声が耳に飛び込んだ。そう遠くない所にいる。甲高い声だ。

私はその声の発信地に素直に進んだ。お店のスタッフしか入らない領域にほんの数歩おじゃましてしまった。声の主はそこに置かれたダンボール箱の中にいた。ベージュの短毛、ビー玉みたいな瞳。小さな体を伸ばして、箱の外界を懸命に見ようとしていた。抱っこして〜、と甘えていたのかもしれない。

「可愛い〜! 君、ここにいたの。よしよし。」

幼くて、どういう種類か判然としない子の頭を軽く撫でた。


顔見知りの女性スタッフが、そこに何かを取りに来た。

「その子ね、さっき岡山からトラックで来たばっかりなんです。」

と告げて、忙しそうに出て行った。

そうだったのか。だからまだダンボール箱なのか。







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