第88話

1月30日が, 本屋店員最後の日だった。

このショッピングモールは、大きな食料品売り場以外に、ミスド、パン屋、100均ショップ、ペットショップ、家電チェーン店、アウトレットショップ4店、テイクアウト専門の寿司屋、和服の店、眼鏡屋、クリーニング屋、旅行代理店が入り、いわば、お気に入りの場所の一部が職場であった。通うには好条件が揃っていたので、大変残念だった。


シフトの関係で、丸山さんには挨拶ができず、ロッカーに磁石で手紙を留めて帰った。早くから騒ぐみたいなのは嫌だったし…… 2ヶ月半だけだったが、みんな惜しんでくれた。宮下さんには特に丁寧にお礼を述べたし、口数少ない彼も、

「この仕事って、見た目とやってみるのとは違うでしょう。残念ですが、これからまた頑張って下さい。」

など、ゆっくり物静かな雰囲気を保ったまま激励してくれた。

Sさんは、2ヶ月後の3月いっぱいで家庭の事情で退職する、と‘私以外全員’に告げていたらしかった。少し悩んだが、私も‘Sさん以外全員’に辞めることを告げた。

奥さんは週に1回出勤するか否かというくらいの頻度で、最終日も不在。私は店長に、奥さんの分まで丁重に礼を述べ、深々と頭を下げた。店長も「お疲れ様でした。」

と、粛々とお辞儀をした。

互いに腹にはいろいろあったが(と思うが)、ともに働いた時間と比例する、短な儀式で終わった。


安堵と寂寥に包まれて暮れかけた外に出て、従業員専用駐車場へ歩く時の風は、真冬らしいそれだった。骨身に凍み、胸に沁みた。


水木金曜日のみ請け負っている日本語講師職も、2月は実質4日間で終了。アフタースクール指導員の臨時助っ人の肩書きだけを残し、事実上失業した。



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