06.

 シエリールは、真澄に別れを告げた後、いっさいの無駄のない歩みで事務所へと戻る。

 確かに、真澄を悲しませたのはよくなかった。だが、今から、復讐にいくことに関しては全くなんの感慨も緊張もない。

 敵は殲滅するだけだし、もし負けたときはそのときだ。

 大事なことは、生きるか死ぬかではなく、やられっぱなしの腰抜けと思われないことだ。立場を守ることは、なによりも必要なことだった。

 いかに実力があろうとも、そしられてはいけない。陰で笑われていては、何事もうまくいかなくなる。恥も外聞もなくいえば、なによりも面倒にもなるし。

 事務所に戻り、二階を素通りし、三階へと向かう。少し血に汚れたドレスを脱ぎ、いつものかっこうになった。赤いシャツに黒のスカート、そして編み上げブーツ。

 髪留めもはずし、その艶やかな髪を解放してやる。窓から差し込む街の灯りに黒髪が煌めいた。

 さらに、巡季に預けていたコートを自分用のジャンパーに戻す。

 それを着て、未だ衰えない深夜の街へと踏み出した。

 行き先は、バー・ムーンライト。そこには行きつけの情報屋がいる。

 道すがら、情報の整理をする。

 巡季の報告によれば、敵は人間ではないこと。全力で走る巡季を追いかけてくるのだ、まず間違いないだろう。

 他には、敵は慣れているということ。この街でそんなことをして許される連中は、一つだけ。

 まさか、愚かであるとは思っていたが、本当に自分に手を出してくるとは思わなかった。そうなったら、誰が一番割を食うかぐらいは理解していると思っていたからだ。

 行きつけの情報屋の名前は鼠祢吉そねきちといった。バーの隅っこで情報を売り買いしている鼠の獣人だ。

 そこは、暗黙の了解で非戦闘箇所であり、また、自分の情報が売り買いされても文句を言わないという不文律が存在した。

 そんなめちゃくちゃな場所だが、早さ、正確さではこの街で比肩するものはいない。

 バー自体はあまり流行っているとは言いがたく、客は二人もいれば繁盛している方だ。たいていの客は、超越種だが、たまに、裏の人間やただの酔っぱらいが飲んでることもある。

 構造は、カウンター席と、四人掛けのテーブルが二つ。奥に個室がいくつか、という造りになっている。そこの一室に鼠祢吉は陣取っていた。

 シエリールはバーに足を踏み入れると、マスターに挨拶し、ピジョンレッドというノンアルコールカクテルを注文して奥にいく。

 暗い個室の一つから光が漏れていた。それは、パソコンのディスプレイの光だ。鼠祢吉はネットに常時つながれたパソコンにPDA、携帯電話を常にいじっている。

 入り口に立ってみるが、鼠祢吉は気づかないのかこちらを見ない。柱にもたれて、軽くノックする。

「気づいてるよ」

 鼠祢吉は、不機嫌そうにメガネをかけた眉間にしわを寄せた。

「この前は、親切な情報を破格ですまなかったね」

 ひょろっとした体格に濃い灰色の髪。戦っても誰にも勝てそうに見えない。情報屋が天職だという本人の言に反論する奴はいないだろう。

「なんだよ、いやみを言いに来たなら帰れよ。どうせ僕は臆病者さ。ネズミそのものさ」

 声にも苛つきが混じっている。

「それこそネズミに対する大いなる侮辱だ。おまえが思いこんでいるほどネズミは劣っている生き物ではないと思うがね。それよりも、うちの巡季が襲われた件については?」

「知ってる。海浜公園で襲われたんだろ。一般人を連れていて逃げきれなかったのも知ってる」

 ここに、侮辱は込められていない。もし、込められていたなら心穏やかでいられたか自信はないが、鼠祢吉はいついかなるときも情報だけを並べるのがうまい。

「それで?」

 シエリールは、金の入った茶封筒を投げて、続きを促した。鼠祢吉は中身をあらためて、自信が語る情報量を決める。

「やったのは、古木の子飼いだ。でも、子供たちではないよ。いわゆる外人部隊。根城は郊外の使われてないショッピングモール。数は七人。これがリスト」

 鼠祢吉は、大きな封筒を投げてきた。

「ずいぶんと情報が早いな」

「本来は言わないけど、払いがいいから教えてあげる。事件があった後、すぐに格安で売り込みがあったんだ。すごく詳細でね。意味は分かるだろ?」

「明らかに、誘っているな。おまえに払ったのは、仲介料と言ったところか。全くその気なら、直に言ってくれればロハですんだのに」

「まあ、町内会費だと思ってあきらめてよ」

 お互い苦笑いした。

「そんだけ払ったんだから、今度うちの前のごみ捨て場を移動してくれ」

「前向きに善処するよ」

 苦笑いが笑いに変わった。

 シエリールは、カウンターに戻ると、用意されていたピジョンレッドをくいっと一口で飲み干す。トマトジュースの独特の甘みが口の中に広がった。

 ここにきたら一杯注文するのが義務になっている代わりに、一杯まではただである。おそらく、鼠祢吉の場所代のなかに組み込まれているのだろう。

 シエリールは言葉少なにマスターに挨拶をし、深夜二時の夜に身を滑らせた。まだ少し飲み屋がある辺りは騒がしい。この街は、明け方の五時前が一番静かだ。

 夜は好きだ。染み込んでくるような闇が好きだ。動かず獲物を狙う狩人のような静かな空気が好きだ。だが、人間は闇を恐れ、超越種どもはそれに乗じて悪いことをするのでうまくいかない。丸い大きな月が、煌々とその存在を隠すことのない夜は、もっとその明るさから逃げるようにそれを見ていたかった。

 少しずつ周りの景色が住宅街へと変化していき、夜本来の色を取り戻し始める。今から行く場所は、バブルという夢に一瞬出てきたが、起きたら忘れてしまった。そんな場所だ。

 郊外のショッピングモールになる予定だった建物まで、徒歩で二時間半。そこに連中は居着いているようだ。

 ざっと資料に目を通す。大した連中ではないようだ。どいつもこいつも似たような経歴。吸血鬼になって好き勝手やらかして、この街に逃げてきて古木に拾われた感じだ。

 だが、気をつけなくてはいけないのは、古木はシエリールに脅威を感じているはずであり、そう簡単に手を出してくるということは考えにくい。

 となれば、連中は、勝てる要素を手に入れたのだろう。挑戦状をおいていくのだから、それ相応の。つまり、油断すると死ぬだろうもの。

 短く舌打ちして、「面倒だ」とこぼした。



 シエリールの眼前には、荒涼とした駐車場。街の息吹は遙か向こう。実に夜らしい夜だ。

 生き物が通った形跡を見つけ、目で追っていくとそこには大きな倉庫があった。使用されているせいか、建物も生きているような雰囲気だ。

 そこに備え付けられている大きな金属の扉の前に立った。横には、通用口があったが、そこから入れば罠にかかるだろう。鉄扉を律儀に開けても同じ。

「面倒だが、始めるか」

 軽い嘆息を吐き出して、同時に丹田に力を込める。そして、体に魔力を流して筋力という意味での力を増幅させた。一気に高さ三メートル、幅一メートル半の鉄製の扉を踏み抜く。

 踏み抜かれた扉は、シエリールの足跡を残しながら、轟音と共に倉庫の中を滑っていって奥の木箱の群れに突き刺さった。その轟音は、倉庫中に響き渡り、耳の良い吸血鬼たちの耳を麻痺させる。

 それに僅かに怯む連中を瞬時に見分けて、数と位置を確認する。倉庫内は暗かったが、シエリールにとってそれは障害にも彼女から隠れることにもならない。

 七人を確認した。

 最初の目標は、一番奥の一番高いところでスコープ付きのライフルを構えている男にする。

 ライフル弾は当たると吸血鬼同士の戦いでは致命的になる可能性があるので最初に潰すことにしたのだ。

 シエリールが一歩踏み込むと、慌ててスコープを覗くが遅い。

「フォーメイション、オメガだ!」

 リーダーである男が、辛うじてそれだけ叫ぶ。男たちが戦闘態勢に入った。

 遅い。なにもかもが遅い。

 自分が目標に選ばれたのがわかった男は、銃のコックをセミオートからオートに切り替える。同じく闇を見通す目でシエリールを睨みつけると引き金を引いた。

 シエリールは倉庫を縦横無尽に走り回る。柱や木箱を楯に逃げる。だが、確実に男に近づいていく。

 相手から見て右側から鉄の柱の影に入った。男は当然左側から出てくるだろうと銃口を向けるがシエリールは右側から飛び出し、空振っている間に一気に男の元へ大跳躍。

 鋼鉄さえ切るといわれる爪を伸ばして、男を切り殺そうとした。だが、男は銃を楯にする。銃はひしゃげて役目を終えた。

 それを振り払い、男を切り裂こうとなった段で、この面子の中で一番に巨躯の男と、二番目に逞しい男がシエリールを左右から取り押さえる。

「今だ! ぶち殺せ!」

 巨躯の男がそう叫んだ。

 仲間の男の一人、一番か細く、人間のときから心許ないやつには違いないだろう。その男は、蛍光緑の槍を持って突撃してきた。だが、体躯の割に顔には怯えや躊躇いは見当たらない。逆に凄腕の殺し屋かもしれない。

「ふっ!」

 シエリールは右腕を押さえている、巨躯の男の胸ぐらに爪を立てると、純粋な筋力で男を振り回してその突撃してくるやりの前に肉壁としてかざした。

 だが、槍は勢いのせいか止まらず、男の体幹を突き抜けて、シエリールに軽く触れる。シエリールは頭の中で硝子のような脆いものが砕け散った音をはっきりと自覚した。

 巨躯の男は、がぁっと苦悶を吐き出し灰になっていく。

 これは、いかんともしがたい兵器であることがわかった。

 シエリールは、魔法を行使するために頭の中というか意識の中に魔方陣を構成している。恐らく壊れたのは、それだろう。

「Listen」

 そう起動詞をつぶやくが、魔方陣が立ち上がらない。魔力も、体も無事だが魔法が使えなくなった。

 それよりも、その槍の殺傷力の方が問題だ。通常吸血鬼はそんな簡単に死なない。弱点である首か心臓をやられるまで死ねないのだ。それが、さっきは体幹を貫かれて死んだ。すなわち、吸血鬼を殺すための魔法の刻み込み。それを魔術と呼ぶのだが、それが施されているのだろう。

 厄介なことに、吸血鬼の弱点を文字に置き換えた楽な方ではなく、吸血鬼という生き物にのみ効果を発するという武器だ。明らかに、弱点のないシエリールを倒すための技術。ちなみに巡季の右腕にはこれと同じ技術が使われているので、面倒くさい武器であることはわかっている。

「さて」

 シエリールが思案する。

「やったぞ!」

 槍を持った男が、槍をかがげて喜んだ。

「これで、白昼悪夢に勝てる!」

 別の男がそう言った。

「……くくく」

 シエリールは、一瞬面食らった後、静かに笑った。

「なにがおかしい!」

 リーダーらしき男が叫んだ。

「おまえらが愛おしくてな。つい」

「我々が愛おしいだと? 気でも触れたか?」

「おまえら、そんな程度で勝てる存在が、白昼悪夢などと呼ばれると思ってるのか? 早とちりが過ぎるぞ。それに言うではないか馬鹿な子ほどかわいいとな」

 これから起きることを考えると背筋に寒いものが走った。興奮で身を震わせる。

「ゆっくり白昼悪夢の名を堪能しながら逝け!」

 十メートルは距離を取った場所に、槍を持った男がいる。シエリールは、脚に魔力を流し、目にも止まらぬ速度で踏み込んだ。吸血鬼でも追えない速度で。まるでシエリールの周りだけが時が止まったように見えた。

 槍を持っている男の腹に掌底を抉り込むようにして入れる。そして槍を奪い取ると一番遠いところにいる男に投げつけた。まさに神速の一撃。

 他の男たちはシエリールがなにをしたのか理解が追いついていない。奥で、積み上げられた木箱の中に仲間が派手にめり込んだかと思うと反対側で、味方の断末魔。

「いや、魔法の使えないシエリールにならば勝てると古木様は仰った! もはや、ちょっと丈夫な吸血鬼に過ぎない。撃て!」

「悲しいほどに、憐れなやつらだな」

 拳銃を構えるが、そんな豆鉄砲役になど立つものか。

「貴様らには、吸血鬼のなんたるかを教えてやる」

 五人がそれぞれに動き出そうとした。視線は、全部シエリールに注がれている。

 それを見て、一括。

「動・く・なぁ!」

 紅い眼による凶悪な魅了チャーム。要は、強制だ。これは、魔法ではない。吸血鬼の体質の一つだ。

 紅い眼の行使によって、男どもはその場に縫い止められた。

 一番近くの男のところに行って、構えている銃を奪い取ると、慣れた手つきで銃を扱う。容赦なく男に弾を撃ち込んだ。男は、崩れ落ちるが死なない。

「があ、あぁぁ」

 苦痛を漏らしながら生きている。

 シエリールは些事から重要なことまで機会がある度に学んできた。銃だって扱えるし、事務所に帰れば対超越種用の装備として持っている。

「吸血鬼を相手にするなら、大口径の銃か、銀の弾の方が効果的だぞ。特に私のようにちょっと丈夫な吸血鬼を相手にするときは過剰な装備がいいぞ。その点、ライフルは良かった。あれぐらいはするべきだ」

 そう周りのやつに講釈を垂れる。

「うぐぐ」

 男の苦悶を聞いて思いだしたように、足下に目を戻す。

「いいか、吸血鬼になりたての若造ども。吸血鬼は首をはねられると死ぬ」

 そういって、男の首をはねた。なんの遺言もなく男は灰になっていく。

「私たちは吸血鬼。血のやりとりをして生きていくのだ。その対象として、我ら吸血鬼も例外ではない」

 くわっと、口を開くと次の男の首筋に噛みつき血を吸い始めた。

「ぐわぁぁあぁ」

 男は、段々弛緩していき、糸が切れた人形のように脱力し、そのまま男は灰になった。シエリールは、口元を赤い液体でみっともなく汚している。それをもったいなさそうに舌なめずりした。

 男たちの恐怖が増していっているのがはっきりと手に取るようにわかる。

「吸血鬼は一人一つなんらかの特殊能力を持つが今の方法で奪える。だが、同種喰い《アプソープション》は、嫌われているからしない方がいいぞ」

 次の男のところに依っていく。シエリールの叩く靴音が死に神の足音に聞こえるのだろう。男の顔は、シエリールが一歩歩く度に顔を一層引きつらせていった。

「我々吸血鬼は、心臓を打ち抜かれても死ぬ」

 腕を引き絞り、手刀を作る。

「ひっ、やめ……」

 なんの躊躇いも嘆願も拒否して、男の心臓をえぐり出す。そしてそれを握りつぶした。真っ赤な返り血がシャツに付く。返り血を隠したくての赤いシャツだが、やはり生きている赤を到底再現などが出来なるはずはない。

 だが、血の主が灰になると、ついた血も一緒に灰になていく。この世の染みになることも許されない存在。それが吸血鬼。

「他にも、にんにくが嫌い、十字架を見たら灰になる、聖餅で身体が焼ける、流水を渡ることができない、水そのものが苦手、招かれない家には入ることができないなどいろんな伝承があるが、それは個体による。諸君らも実感しているだろう?」

 硬いブーツの底を鳴らしながら、ゆったりと歩く。歩きながら講釈をする。そして、木箱に埋もれた男のところに辿り着く。

「だがな、この世には首を刎ねられても死なない吸血鬼がいるんだ。おまえはどうだ?」

「や、やめろ!」

 願い虚しく、首が転がった。だが、男の体が前のめりに傾くが灰にならない。首の傷から赤い霧が出ている。再生の証だ。手にはべっとりと赤い液体。そのにおい、味、感触を堪能する。

「ふふふ」

 戦いの最中だというのに笑い声が漏れる。

 たっぷり愉悦に浸った後、最後の男に向き直った。

「見たか? あいつは力ある吸血鬼になったかもしれんが、今生は巡り合わせが悪かった」

「ひぃいぃぃ。来るな! 来るな!」

 リーダーはしきりに拒否した。しかし、シエリールはゆったりとした足取りでリーダーのところへと赴く。

 怯えきったその顔の歪んだ頬を、妖艶に撫でた。それをおもむろに蹴り飛ばし、木箱の群れに突っ込んだ。

 最初に蹴り飛ばして損失させた鉄扉の部分から陽光が差し込んできた。再び朝が来たのだ。超越種は身をすくませて生きる時間。

「最後だ。我々は、陽に当たると、死ぬ」

 首なしの男は、陽の光にあぶられ、発火音とともに灰になっていった。

 シエリールは、冷たい目でリーダーを見下ろしている。

「あああ、許してくれよ。ふる、古木の命令だったんだよ。それに、ほら相棒はまだ生きてるだろう?」

 この場での命乞いが絶対的に通らないのは、この男も承知済みだろう。だけど、生きてるものは死を回避するために無駄だとわかってもそれに縋ってしまう。

「さて、おまえはどの最期が気に入った?」

「頼む! 助けてくれ!」

「哀れな生き物だな、おまえは。生きているのは、たまたまだ。おまえたちの加減のおかげではない。おまえは、銃を向けたら殺されても文句は言えないと教わらなかったのか? 殺しは、殺される前提であると誰も教えてくれなかったのか?」

 命乞いは通らないと断言する。今更だが。

「面倒くさいから、全部で死ね!」

「うわああぁぁ!」

 リーダーは全力で叫び、シエリールの拘束を破った。転がるようにして槍を掴み、その槍をシエリールに向ける。

 倉庫の中は、陽光で満たされ影の部分はほとんどない。つまり、逃げることはできない。

「ほう」

 感心した声を漏らす。

「正しいぞ。おまえは全く持って正しい。生きたければ、私を倒すことだ。それが吸血鬼の生き方だ!」

 リーダーは、槍をとると嗜みがあったのか、手応えや感触を確かめるように振り回した。

 その一撃は凄まじく、全てが急所を狙った鋭い攻撃。シエリールは、爪を硬くしてその致命打を軽やかに受け流す。

 それは一息の間に、五六撃を打ち込んでくる。それを二本の腕で巧みに防ぐ。

「はっ、やるな。それでこそ、槍を与えられた意味だろうよ」

 だが、いかんせん急所狙い見え見えの攻撃、捌くのに対して手間はいらなかった。もういいか、と踏み込もうとした瞬間、リーダーはシエリールの腕を狙ってきた。

 シエリールは心の中でたたらをふんだ。いきなり狙いの変わった、読めない動きに戸惑ったからだ。それでも、六合七合と受けていれば、段々筋が読めてくる。

 巧い。これまで、殺し屋で生き延びてきたのが理解できる。槍は本来の得物ではないのだろうが、巧く使っている。急所狙いが通じないと見れば、即座に手足を潰しにかかる臨機応変さ。

 そして、なによりも一撃に全力を込めない。体重の乗らない攻撃ばかりだ。この槍の攻撃力と、シエリールの力量を考えたら正しい判断といえる。つまり、結論としては油断した場合、死ぬと言うことだ。

 死。ぞくりと背中を這うものがあった。

 不気味に、シエリールの口の端がつり上がる。楽しい。自分は今こんなに戦いが楽しい。本当は、ただの復讐で、面倒なことだったのに、こんなに素敵なものと巡り会えるなんて。

 自分の死が目の前にある。だけど、自分は死にたくない。真澄のためにもこんなところでくたばるわけにはいかない。二律背反の感情。これは、愉しいと表現しても差し支えあるまい。

 シエリールは、その感情に支配されるかのような作戦に出る。相手の二手三手先を読み、わざと手を弾かれるように持っていった。がら空きにするのは自分の心臓。

 リーダーは、ここが千載一遇のチャンスと見て体重を乗せた一撃を放つ。今までよりさらに鋭い突き。

 シエリールは、素早く体に魔力を通すと、反射神経、動態視力、全身の筋力を上げて、それをぎりぎりのところで避けた。心臓が高鳴る。ちょっとでもずれていたら、死ぬところだ。

 だが、ぎりぎりで躱すと、その右腕を切り飛ばした。腕は、太陽の光の中に落ちて、発火音と共に灰になる。

「うぐぁあ、俺の腕がぁ!」

 腕をなくしたリーダーは、一緒に戦意もなくした。

「喚くな、我々はその程度では死んだりしない」

 失望を露わにしながら、きつく言った。だが、男の戦意は戻ってこない。一つため息を吐いた。

「ところで聞くが、その武器は、どうやって作ったんだ?」

 シエリールは槍を奪い取ると、右手で頭を持ち空中にぶら下げる。少し力を込めて頭蓋を軋ませた。

「どう作った?」

 なかなか答えないので、さらにきつく締め上げてやる。

「古木のお抱えのルーンを刻むもの《ルーンエングレイバー》が作ったんだよ!」

 シエリールはリーダーを放った。リーダーの顔に明らかな安堵が見て取れる。だが、シエリールには許す気はまったくない。リーダーのシャツを無造作に破り捨てると、その胸に爪を立てる。

「うがぁあぁ」

 魔方陣を直接刻まれているのだ痛いに決まっている。書き終えるとその魔方陣を起動した。リーダーは急に苦しみ始める。

「があああぁぁああ!」

 空気を求める魚のように、ぱくぱくと口を開閉しながら、のたうち回る。痛覚増幅魔法。師匠直伝の魔法で、痛覚を鋭くし、空気の摩擦すら激痛になるという残酷きわまりない魔法だった。

 さらに、シエリールは男の足を踏み、砕く。

「――――っ!」

 声にならない絶叫。

 最後に、陽の中に放り込んだ。

「痛てえ! ぐあぁぁああ! 貴様にも残酷な死をぉぉ!」

 リーダーは、、苦悶を吐き出し、呪いを残して死んでいった。

「知ってるよ」

 シエリールはそれだけ答えた。自分も相当好き勝手生きているのだから、彼らより酷い死が待っていて当然だ。その中で、後悔することなく死んでいくのだ。

 一羽の赤目の烏が、があ、と鳴いた。

「こんなもので、勝てると思われたとは、名折れだな」

 手の中には、蛍光緑の怪しい槍があった。

 効果は、シエリールの意識の中に作っている魔法陣を壊す効果と、吸血鬼全般への殺傷能力。

 連中はシエリールは魔法陣がないければ魔法が使えず、魔法がなければ自分たちでも勝てると思っていたようだ。目に余る短慮だ。

 吸血鬼であることは確かに身に染みた。この槍は痛い。作った奴の技量が素晴らしいとしかいいようがない。

 通常、吸血鬼を攻撃する武器には、吸血鬼の弱点を言葉になおして刻む。だが、これは吸血鬼という種を攻撃する武器である。弱点のないシエリールにも有効な武器だ。

 白木を通した柄を叩き折って、愛用のライターと魔法陣もいらない初歩の魔法で燃やした。



 シエリールは、明けたばかりの朝日を浴びて、目を眇めてそちらを一瞥した後、帰途につく。

 油断というか、威力の試算を誤り、一刺し食らってしまった。おかげでシャツには血の赤い染みができている。他人に見られないようにジャンパーの前を閉めて歩いていた。

 ジャンパーのポケットに手を突っ込み、猫背気味に朝の一番静かなときを堪能する。この街の短い微睡みの時間。

 秋も半ばを過ぎると寒くなっていき、自然と吐く息も白くなる。朝靄に沈むビル群の中を歩くのがお気に入りだった。いつもは意識しないが、このときは白昼安歩デイウォークに感謝する。

 彼らは典型的な人間出身の吸血鬼だった。吸血鬼になったことで強くなったと考えていたようだ。それは違う。吸血鬼になってもその中で生きていくのなら強くあらねばならないのは変わらない。

 強くなったのではない。舞台が変わっただけだと気づくべきだった。

 だから、自分はいつでも強くあろうとした。黒い森ではトラウマになるくらい調練したし、師匠のもとでも必死に強くなった。

 シエリールは、常に人の下にいたし、自分より強いものを見て生きてきた。

「腹、減ったな。昨日は主菜を食い損ねたからなぁ」

 残念そうにつぶやいた。

 途中コンビニに入り、唐揚げ弁当と、豚カルビ弁当を購入する。箸は何膳おつけしますかと聞かれ、何事もなかったように一善でと答えた。その後で、一善だとおかしいかとも思ったが、別にいいやと思う。そんな見てくれは気にしない。

 重要なのは箸が何膳かよりも肉を食うことだ、と問題をすり替える。

 自宅兼事務所に戻り、鍵を開け、二階へと上がる。もう一つ開けて事務所に入った。接客用のテーブルにコンビニの袋を投げるように置く。

 ジャンパーの前を開き、どっかと自分のいすに腰掛けた。

 まず最初に、細巻きの葉巻を取り出す。真澄にもらったものではない、十本で二千円する葉巻だ。名をフルムーン《狂気》という。タバコを吸うなんて狂気の沙汰かもしれないそう思ったときにはもうお気に入りだった。味も香りも特別きつくくせがあり、日本では珍しいものだ。

 オイルライターのふたを弾き、点火する。最初に深く吸い込んだ。同じように長く吐く。自身の弱さを一緒に煙に乗せて吐き出そうとするが、うまくいった試しはない。舌がしびれ、正に不健康に浸る快楽だ。

 ポケットから携帯電話を取り出し、着信履歴の真澄の名前を呼び出す。まるで、告白の電話をかけようとしている学生のように最後の通話ボタンが押せない。

 そもそもかけて、なんと言うつもりなのか。

 巡季の仇を殺したぞ、褒めてくれとでも言うつもりか。冗談にもほどがある。

 真澄は知っている。超越種たちにも、生活があり、人生があることを。それが人間と大差ないことも。人間を殺すことと、超越種を殺すこと。それに違いはないことも。

 深く椅子に背を預け、眼を閉じる。右腕を閉じた目蓋の上に乗せた。なにを弱気になっているのか。こうして生きてきたし、こうせねば生きてこれなかった。そこに意志の介入などあり得ず、事実として存在している。

 重いため息をつく。息と一緒に弱さもでていけば面倒もなくていいのだが。そうであれば幸せと等価交換でも頷けるというものだ。

 三階の私室に戻り、ジャンパーを脱ぎ、破れたシャツをゴミ箱に放り込む。

 次いで、シャワーを浴びる。禊ぎのようなものだ。戦いでついた汚れと他人の怨嗟を洗い流す。彼らに敬意を払っても同情も恨みもしない。戦いとはそういうものだと考えているからだ。

 先ほどの傷はまだ、再生中であり、シャワーの排水に赤いものが混じる。触ると痛い。

 我慢して頭の先から爪先まで洗い、浴室から出る。魔法において髪は魔力をためるのに重要な意味がある。それ故、黒髪は貴重で大事なもの。丁寧に髪を拭き梳く。

 今は魔法とか関係無く大事なものに変化してきている。いや、付加されたと言うべきか。

 ショーツをはき、バスタオルを首にかけて洋箪笥の前に立つ。開けて中を見て、すぐに扉を閉めた。

 真澄と買いものに行った際、押しつけるように買わされたグレーにベージュのストライプの入ったブラウス。

 それを見て唐突に思い至った。もう、真澄はいないのではないかということを。

 考えてみれば無理もない。死にかけたのだ。銃で撃たれ、巡季が血まみれになって。あれで恐れを抱かない方がどうかしてるかもしれない。

 シエリールは、自分が裏の世界に生きているのに、友達を作らずにはいられない。興味関心をいくら押さえても、どうしてか好きな人間ができてしまう。

 彼らと、死で別れるならば納得がいく。しかし、それとは違う理由で袂を分かつとき、特にシエリールが、吸血鬼であることに起因するとき、自分の出自をこれ以上呪うときはない。

 自分がなぜ人の子ではないのか。なぜに試験管から吸血鬼として生まれ出たのか。

 わかってはいるのだ。自分が、吸血鬼で今の能力で、今の強さで、そして試験管から生まれてきたからこそ今の自分があり、今の友人たちがあることを。

 ただ、友人を失ったからくる一時的なわがままであることも。

 それでも、真澄は今までとは違う。今までは、仕方ないと割り切れたのに、今回は、割り切れない。

 運命にもしもはないのだ。一つ違えば、今の自分は大きく違う別の存在だっただろう。

 それに、時間の中に生きているものが変革できるのは未来だけだ。過去は呼び出せるが変革はできない。わかっていても、もしもを見たくなるときがあるのだ。

 真澄との関係は、殺す殺される以外の関係。なんでもない日々を過ごせる関係。シエリールにとって、生ぬるい関係。そしてそれ故にとても気持ちのいいものだった。

 さらに言えば、シエリールを真澄が証明してくれる。他ならぬシエリールであると。それでいいんだと。

 だが、その関係は壊れたかもしれない。いや壊れただろう。自分が人殺しで、超越種殺しでもあるから。そういう生き方しか知らないから。

 扉を開け、愛おしそうにブラウスに触れた後、いつものように赤いシャツに袖を通した。なにかを振り切るように勢いよく。

 自分は自分の生き方を貫き通す。そうでなくては失った意味がない。半身をもがれるような苦痛を味わったのだ、それ相応の見返りがなくてはやっていけない。自分を貫くそれだけでも。

 二階に戻り、一息ついて出ていこうとしたら、結界に反応があった。この感覚には覚えがある。一人は馴染み深いトメで、もう一人は柴浦だろう。

 魔法使い同士が本当に仲がよいとは。面白い。そう思ったが、今は頭の中から追い出す。

 事務所に入ってきた柴浦の表情はとても沈痛な面持ちだ。トメもそれなりに神妙だった。

 柴浦は西洋の人間が葬式のときに着るような黒いドレスに、レースのついた帽子で顔を覆っている。なにをもってそのような格好をしているのかは一目瞭然だった。柴浦は、喜助の喪に服しているのだ。誕生日を祝い、復讐のために黄砂会の事務所を鉄筋だけになるまで焼いて死者を出すくらい大事な相棒の死を悼んでいるだけだ。

 そういう人間の要求は、単純明快。復讐だ。復讐は中途半端にやると連鎖を引き起こし、面倒なことになる。徹底的に叩く。これもまた面倒だ。シエリールの中では復讐は面倒と等号で結ばれるものだ。特に、他人の復讐は。今、巡季の問題の件のおかげで自分も面倒なことになっているのだ。

 それに、復讐は果たしても死んだ人は帰ってこない。得られるのはちっぽけな達成感と大きな空虚感。だが、ちっぽけな達成感は生きるのに要るものであると思っている。人生など多かれ少なかれその連続だ。それが一つ増えるだけのこと。

 それに、仇がのうのうと生きているのは気分的に非常によろしくない。それは理解できる。

 ただし、割に合うとか合わないとか考えるならば止めるべきだと思う。払うだけの一方通行なのだ。消費するのは仲間、金、時間などなど。でも返ってくるのは、ちっぽけな達成感。これが割に合うと思う人物には、残念ながら会ったことはない。会いたくもない。

「これは、これは。ようこそ。お茶は出ませんが、どうぞおかけください」

 巡季がいないだけでこの事務所は茶を出せない。シエリールに能力がないのではない。茶葉の位置がわからなければ、入れようがない。それだけだ。

 それにシエリールが狼狽する姿は、師匠とその使い魔にしか見せたことはない。

 トメは、するりとくたびれたソファーに腰掛けた。一度目はそうではなかったが、柴浦は随分歳を経たように感じる。柴浦は、トメに引っ張られるようにソファーに座った。本当に喜助は生き甲斐だったのだ。きっと、トメがいなければここに来ることも困難だったに違いない。

 短い沈黙をトメが破る。

「お久しぶりね、吸血鬼。いつまでも若くて憎らしいほどね」

「いやいや、トメの老い方には敵わんよ。私は、さしずめ造花。朽ちる瞬間まで桜であろうとするおまえには分が悪い」

「分が悪い? 褒めるなら相手にならないと言いなさい。あなたらしい皮肉だけど」

 これだけのやりとりで二人は旧知の仲に戻れる。もう二人は笑いあっていた。ちらりと柴浦を見るが無反応。

 朽ちること、枯れることと、老いることは違う。衰退も老いと同義ではない。トメは見事な老いだ。しかし、今の柴浦は朽ちてしまいそうに見えた。

「トメ、彼女の目的はなんだ?」

 わかりきったことを聞く。面倒なことに巻き込まれるシエリールのささやかな抵抗。

「彼女の目的? あなたはわかっているでしょう」

 トメは、いかにも驚いたという声色で責めるような調子で言った。

「わからんね。私はまだなにも聞かされていない。私は魔法使いで、占い師じゃないんだ。無茶を言わないでくれ」

「傷心の海におぼれるもを、沈めるような真似はやめなさい!」

 トメに叱られるのもずいぶん久しぶりだ。

 ふむ、と短くうなってから覚悟を決める。この問題に立ちいる覚悟だ。面倒をひっかぶる覚悟でもある。

「一つ知っていることがあります。喜助君は、私を殺すために利用されました。非常に考えにくいのですが、恐らく黄砂会に喜助君渡したのは彼らでしょう。彼自身、吸血鬼に捕まったと言っていましたから。正直、彼らは無能であると思っていました。まさか、喜助君に血を分け与えることまで計画できるとは」

「油断とは珍しいわね」

 トメが容赦なくつっこみを入れる。

「いや、全く。面目ない」

 わざとらしく肩を落としてみせる。一本とられたのは事実だ。

「で、肝心のことが抜けているわ」

「通称ドゥンケル《やみ》と名乗る連中ですよ」

 ドゥンケルとは、難しいことはない、古木たちの集まりの名だ。「我ら、流された血と浴びた血のみを信奉する」とかいう連中である。まさにドゥンケル《おもいあがり》だと認識してた。

 だが、血を信奉するのは吸血鬼が中心となっているならある意味しかたないことだ。血に始まり、血に終わる。それが吸血鬼であるとシエリールも思っている。

「とうとう相手にするときがきましたか」

 トメは弾むような声で、嬉しそうだ。本当に上品に笑う。それは、出会ってからの五十余年なんらかわらない。

 小さな体で、シエリールの前に立ち「おまえ、きゅーけつきだな。わたしがたいじしてやる」と日本語をろくすっぽ理解してない彼女に言い放ったときからその輝かしい自信と上品な振る舞いに衰えはない。

 シエリールの日本語は、監視と称して事務所に遊びに来てたトメ譲り。まるで昨日のことのようだ。

「あなたが来たときから、いつかはこうなると思っていましたよ。でも、最近は生きているうちには起こらないかもしれないなんて、弱気になっていたわ」

「変わらんな、トメは」

 懐かしさのあまり、柔らかな笑みがこぼれる。

 シエリールは次に柴浦に目を向けた。

「私は、先ほど喜助君が利用されたと申し上げましたが、彼らから直接聞いたわけではありません。今朝方、一つのドゥンケルのアジトをつぶしました。もちろん鏖殺です。彼らの持っていた武器は確実に私を目標とした武器で、私の情報が必要なものでした。単純な事実としてここ最近私の血に触れたのが彼だけなのです。確認します、間違いないですね?」

 柴浦が小さく首肯した。

「喜助が死んだのは三日前です」

「私はここまで事実を持ってして言っておかねばならないことがあります。もし、連中が、先ほどのは部下の先走りだ。誤解を生んで申し訳ないという態度をとれば、今まで通りの付き合いもやぶさかではないのです」

 柴浦は、無言、無反応。表情もベールでよくわからない。

「先回りをして言わせていただくと、私はあなたの依頼を受けられない」

「シエ!」

 トメが厳しい声を出す。

「彼らが殊勝な態度にでる確率は、地球に人類が滅亡するするほどの隕石が当たるより低いでしょう。それに私にも彼らに言いたいことはある。そんな中であなたの仇を特定している暇などないのです」

 トメはその言葉の意味に気づいたのだろう。顔が怒りから明るいものへと変わっている。ころころと表情の変わるのもまた変わらない。

「ほぼ確実にそうなると思われますが、私は自分の居場所を守るためならいかなる労力を払うことも厭いません。その過程でもしかしたらあなたの望み通りになるかも知れません」

「では……」

 肩をすくめ、柴浦から視線をはずす。

「ええ、たぶん、ですけど」

「四十院。あなたは良いお友達をお持ちね」

 トメは少し照れくさそうに笑った。シエリールも嬉しくなる瞬間だ。

「かっこつけずに依頼として受けて、お金をもらえばいいのに。そういうところは変わらないのね。まあ、いいわ。話がまとまったならもう一つ用事があるのよ」

 トメは、鞄から茶封筒をとりだし、真ん中のテーブルに置いた。

「それは、確か……」

「そうここの権利書です。なにかあったときに、跡形もなく引き払ってほしいという、あなたの遺言書みたいなものです。私が一番親しいと言うことで預かってきましたが、私も歳です。こちらがどうなるかわからないので返しにきました」

 シエリールはタバコを取り出した。真澄にもらった大切なタバコを。そして、許可もなく火をつけ、吸い始めた。これはある意味親しいものへの親愛の表現なのだ。

「そうか、仕方ないか。トメにしては弱気だな。まだ六十代だろう? 人生これからじゃないか」

「あなたに大切な人ができたと聞いたからよ。足下をすくわれないようにしなさい。その人が本当に大切ならば」

 タバコの灰を灰皿に落とす。

「明日は出かけない方がいい。つららが降るかもしれんからな」

「明日からは、穢れた雨が降るわ。赤い雨がね」

 純白の雪が振る様を見てトメがそう言った。

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