第5工程 「買収するなんて汚いぞ! それでも教師かっ!」
「ふぅ。宿題がようやく完成したぜ。我ながら見事な模写技術すぎて自分でも恐ろしいくらいだ。これで、五限の生物に当てられなくて済む。はい、みこちゃんありがとう」
三琴君に殴られてからものの五分で、数学と生物の宿題を写した渉少年は、三琴君に宿題を返却。
「あえて考えないでいたんだが、渉さ、そこにいる夏水のことは全く疑問に思わないんだな。いつもなら、俺が耳を塞ぎたくなるくらい質問責めにしてくると思ったのだが」
三琴君は間もなく始まる三限の現国の準備をしながら渉少年に訊ねます。
「え、だって知っているもん。夏水聡君でしょ? みこちゃんが主人公の物語の語り部さんだって聞いたけど?」
渉少年は、さも当たり前だろという顔。その答えに、三琴君はきょとんとした顔になりました。
「聞いたって誰に」
「フフッ、秘密。みこちゃんの知らない所で、世間はグルグルと様々な思惑が蠢いているのだよ」
渉少年はニコニコと笑顔を振りまきます。
そうなのです、世間というモノは主人公には一切何も語りません。そんな理不尽だからこそ世界は面白いのです!
「なんだかお前らと話していると、こっちの頭がおかしくなりそうだ」
三琴君は眉間を押さえてうんうんとうなり始めました。
『ウオォォオオオオオーーーーーン』
三琴君がいきなり大声で唸り始めた。……と思いきや、これはどうやら違うみたいですね。
「俺がそんなに大きい声で唸り声を上げるわけ無いだろ。これは地球外生命体の襲来警報のサイレンだよ。避難しないとなぁ、ここから近いシェルターって何処だ?」
おっと、僕の小さいアドリブボケもちゃんと拾う、そんな三琴君が素敵過ぎて僕、眩暈がしそうです。
あ、ちゃんと地球外生命体が襲来したことを知らせるサイレンのことは分かってましたからね。ちゃんと。
そんな僕のことは気にする様子も無く、三琴君はのびのびと避難の準備を始めますが、教室の中はというと、そんな三琴君の様子とは打って変わって、サイレンを聴くや否や阿鼻叫喚。勢いよく飛び出す生徒が目立ちます。
皆さーん、危ないので、避難の鉄則である『おはし』もしくは『おかし』のルールは守りましょうねぇ。
えーっと、確か、【おったまげない】・【はっしゃしない】・【しんだフリをしない】でしたっけ?
「いや、絶対違うだろそれ。さて、シェルターまで行くか。ってか、あれ、渉はどこいった?」
渉少年なら、サイレンが聞こえてものの数秒で飛び出して行きましたよ。ご覧の通り、この教室には今、三琴君しかいません。
「……俺を置いて先に行くとは薄情な奴め。今度こそ宿題貸してやらねぇ」
そう言葉を吐きながら三琴君は学校内のシェルターへ向けて避難を開始します。
そんな三琴君の前に突然、人影が横切ります。
「そう簡単に避難出来ると思ったら大間違いだ」
三琴君の前に現れたのは、敵、じゃなかった、亀山先生と部長の楓原君の二人。
何故か楓原君の手には、まるで人が入りそうな麻袋が握られています。これは、三琴君がハントされちゃいますね。ミコトハンターですね。
「それだったら、俺にとっては敵に変わりないじゃないか。先生、そこを退いて下さい」
「山吹もサイレンが聴こえたろ? モデリング部はサイレンが出動の合図だと、この前教えたじゃないか」
先生はニヤニヤとしながら、三琴君にジリジリと近づきます。三琴君は、右足を半歩前に引き、相手の出方を伺っている様子。
これは、程よい緊張感ですねぇ。実況と解説は、お馴染み語り部の夏水でお送りしております。
「俺はまだ正式に入った訳じゃないんで、避難させてもらいますよ」
ここで、三琴君がくるっと体を半回転させて、走ったぁ! チャームポイントであるポニーテールをなびかせながら廊下を疾走する、その姿はまるで、草原を走る馬そのものだぁ!
いくら緊急事態とはいえ、廊下を走るのはダメですよ。三琴君。という冷静な僕のツッコミは聞いていないようですね。
「そう同じ手を二度も食わない。やっちまいな、宮前兄妹!」
「はいさ!」
「ほいさ!」
三琴君が華麗に第三カーブならぬ、曲がり角を曲がった瞬間、大きな布が三琴君を襲います。
「えっ」
全力疾走で走っていたので、急に止まることなど出来るはずも無く、三琴君は大きな布に飲み込まれていきました。
それはまるで、鯨に飲み込まれる鰯!
「ゲット!」
「三琴ゲットなの!」
宮前兄妹は手際よく、袋の口をロープでぎゅっと縛ります。しかも固結びで。コレはどう頑張っても内側から出られそうにないですねぇ。
「おう、お前らよくやったぞ。約束通り、コレが終わったら焼肉奢ってやる」
亀山先生が兄妹のもとまでやって来て、三琴君が入っている麻袋を肩に担ぎました。
「わーい、焼肉」
「焼肉! 焼肉!」
宮前兄妹は嬉しそうに、二人で腕を組んでクルクルと回ります。微笑ましいですね。
「買収するなんて汚いぞ! それでも教師かっ!」
袋の中の三琴君は先生に抗議の意味で暴れまわります。この姿はまるで、海老みたいですねぇ。足が出ていれば、エビフライみたいだったのに、惜しいです。
「これでも、一応教師なのでね!」
先生は、そう言って肩に担いでいた袋を思いっきり投げ落とします。今さっきまで活きの良かった海老、では無く三琴君は、『フギュ』とまたもや変な声をあげた後に沈黙。袋も動かなくなりました。
ま、まさか、主人公なのに、死……?
「恐らく、ただの気絶だ安心しろ。おい、お前ら、この袋を運ぶぞ」
先生の合図で、宮前兄妹と楓原君が大きな袋を持ち上げます。そして、部室の方へと消えていきました。
【次回予告!】
亀山先生によってつれて行かれる三琴君。
そして、襲来する地球外生命体。
動き出すモデリング部。
三琴君は果たして、この戦いを見て何を思うのか。
次回、第6工程。お楽しみに。
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