第3工程 「俺はパンダと余生を送りたいんだ!」
「ちょっとまった! 俺を忘れちゃ困るぜ!」
僕が部員紹介を締めようとした途端、宮前兄妹が居た机の下からいきなり男子学生が飛び出してきました。はて、こんな人居ましたっけ?
「えっ。居るだろ? 俺だって、モデリング部の一員なんだから!」
「塩原、お前まだ居たのか」
亀山先生はそう言いながら、三琴君をブンっと放り投げました。三琴君は『ミギュ』と蛙が潰れたような音を出して床に倒れこみました。
それにしても塩原……、何処かで見たことのある響きですねぇ。あ、そういえば、僕の台本の注釈に載っていましたね。
「俺、注釈扱いなのか!」
小さく名前が書かれていて気づきませんでしたよ。良かったですね、台本を良く読み込むことに定評のある僕が語り部で。
さて、塩原君は宮前兄妹と同じ高等部二年生。宮前兄と一緒のクラスの普通科ですね。桔梗君に相当の対抗心を燃やしているようですが、当の桔梗君は、それには全く興味が無いみたいですね。
「桔梗! そうなのか」
塩原君の呼びかけに一切応じることの無い桔梗君。花梨さんと仲良くゲームを興じています。
「シカトかよ! フフフ……、そんな反応するとは流石我がライバルだな」
温度差って怖いですねぇ。それにもめげない塩原君も相当なドMと思いますが。
対抗心を燃やした塩原君は、桔梗君がモデリング部へスカウトされたと聞いて、勝手にモデリング部への入部届けを提出したのですが、入部試験でなんと、亀山先生から戦力外通告を受けてしまったのです。理由は簡単、あまりにも不器用で良く分からない謎の物体を量産してしまうから。
しかし、そこでめげない彼はモデリング部へ居座り続け、仕方なく現在はサポート役という役回りを貰っているようです。
「俺のサポート無しではこの部は回らないからな」
いや、塩原君無しにでもモデリング部は機能していると思いますが、そこのツッコミはしないでおきましょう。
「ところで、俺はいつまでこうしないといけないんだ」
床の方から声がすると思ったら、そういえば三琴君が倒れたままでしたね。というか、僕の紹介が終わるまで倒れていたままだなんて、語り部思いの主人公で僕の涙腺が大決壊しそうです。ヨヨヨ……。
「だから泣くなって。ところで亀山先生、俺をここに連れ込んだ理由を教えてください」
「そんなの、決まっているだろ? 正式に入部してもらおうかと思ってな。ここにいる部員全員が証人だ」
「その為だけに、呼んだのかよ!」
三琴君に入部届けを突き出す亀山先生。三琴君はその入部届けを乱暴に取り、くしゃくしゃと丸めて、先生にツッコんでいた塩原君に向かって投げます。
「なんで、俺に投げるんだよ!」
「単にムカついたから」
しれっとした態度の三琴君をぐぎぎと音を漏らしながら睨みつける塩原君。
「何度も言うようだけど、俺は世界を救うような性格じゃない。それに、俺はパンダと余生を送りたいんだ! その野望の前に死んでたまるか」
三琴君は、高らかにそう叫びます。
「いや、パンダと余生を送るのは無理じゃないかなぁ。一応絶滅危惧種だし。それに、実際に山吹君が戦うわけじゃないんだよ。山吹君はクレポンで作って遠隔で操縦するだけだから、地球が滅びない限り安全だし」
ここで、楓原部長の冷静なツッコミが飛び出します。
「先輩は俺が中学時代何を作っていたか知らないからそんなことが言えるんです。コレを見てください!」
三琴君はそう言って、自分のスマートフォンの画面を見せ付けます。
そこには色とりどりのパンダのオブジェの写真がずらずらと写し出されていました。
「この子達を良く分からない地球外生命体に戦わせる。そう、先輩は惨いことを言うのですか!」
三琴君は涙混じりに部長に訴えます。
「うっ……、そんな涙目に言われると、僕弱いんだよなぁ」
楓原部長も三琴君に釣られて泣き始めます。
その姿に、亀山先生は舌打ち。
「チッ、使えない部長が」
「よしよし、忠和泣かないの」
そんな泣き始めた部長を副部長である清流君が頭を撫でて慰めます。その光景を鼻血を噴き出しながら震えている山菊女史。
「おぉぅ。素晴らしいシーンが拝めた。ルーキーグッジョブ!」
そう親指を立てているところは見なかったことにしましょう。大事な何かを無くしそうです。
それより、三琴君のパンダ好きは相当ですねぇ。
「そうだ。世の中、俺とジャイアントパンダとレッサーパンダ以外滅べばいいと思うくらいパンダが好きだ」
三琴君、それかなり横暴ですよ。それにジャイアントパンダは雑食なので、一応少々たんぱく質のある生き物が居ないと、三琴君も食べられてしまいますよ。がぶっと。
「いやいや、問題はそこじゃないだろ!」
塩っぽい人が何か言った気がしますが、放置しておきましょう。
そもそもパンダがそんなに好きならパンダ以外を作ればいいのでは?
「あっ」
僕の一言で部室全体が静寂に包まれました。えっ、僕、何か悪いことでも言いましたか?
「チッ……、余計なことを言いやがって」
三琴君が僕に向かって舌打ちをして、そっぽを向きます。
「そこの語り部、良くそこに気づいてくれた。感謝するぞ。おっと、そういえばこの線から先には干渉出来ないんだったな」
一方の亀山先生はニヤリと笑って、僕に親指を立てました。
これは……、良い事をしたのか、悪い事をしたのかいよいよ分からなくなってきましたね。
「ということで、山吹。今日は、入部届けを書くまでこの部室から出さないからな」
「そんなの、体罰だー!」
「体罰だー」
「そーだそーだ」
三琴君の真似をして、宮前兄妹も先生に抗議をするフリをします。
「ハッハッハ、政府から雇われたこのアタシに学校サイドの懲戒処分なんて怖くないのだよ」
そんなこと気にもせず、先生はそう言って高笑いするのであった。
そうなのです。この亀山先生、茶山陣学園高等部第二美術科教師とは仮の姿。しかして、その実態は、防衛省から派遣されたプロジェクトのサポートエージェントなのであーる。
「さぁ、山吹、覚悟しな」
亀山先生はそう言って、入部届け(二枚目)をもって三琴君に近づきます。
ジリジリと近づいていく先生、それから逃げようと三琴君も後ろに下がっていきます。
数秒後、三琴君の背中がコツンと部室のドアに当たり、もう後ろには下がれない状況。絶体絶命のピンチです。
「さぁ、山吹。もう逃げられないぞ」
先生は、三琴君に飛びかかります。
「先生、俺は、パンダと添い遂げられるならどんな手段も使うんですよ!」
三琴君はその刹那、すくっと立ち上がってドアノブに手をかけ、ドアを開けて部室から逃亡しました。
「あっ、逃げられた」
パタパタと三琴君が走る音だけが木霊する部室で、亀山先生は悔しそうに入部届けをクシャクシャと丸めて、塩原君に向かって投げつけます。
「だから、何で俺に向かって投げるんだよ!」
「単にムカついたからに決まっているだろ!」
さっきも見たような光景が繰り広げる中、先生はズボンのポケットからシガレットケースを取り出し、煙草らしきものを取り出して口に加えます。
ちょっと、先生。生徒のいる目の前で煙草を吸うのは如何なものかと。
「未成年の前で本物を吸うわけ無いだろ? 良く見ろ、チョコレートだ」
先生は、僕に口に加えていたものを見せます。ほぅ、本当に良く見ればチョコレートですねぇ。流石、腐っていても教師。そういう生徒思いの配慮は欠かせないんですねぇ。
「この線が無ければ、今すぐお前に教育的指導をしてあげられるのだがな」
亀山先生は指をボキボキ鳴らしていますが、もしかして、僕に対して何かしら怒っていますかねぇ?
おぉう、先生から凄い負のオーラを感じます、というか向けられている殺意が痛いです。グサグサと刺さるこの感じ、まさに、僕を仕留めようとするハイエナのような感じです。
ここは逃げるが勝ちですかね。
あー、そろそろ三琴君が教室に着く頃ですかねぇ。僕、三琴君の様子を語らないといけないという重要な任務があるので、この辺で失礼しなければなりません。嗚呼、残念です。まだまだこの部室で行われるであろう出来事を語りたかったんですが、僕の体は一つしかないので、三琴君の方を優先しますね。本当に残念です。
僕はそう告げてダッシュで三琴君の下へと走ります。
「棒読みバレてるぞ」
先生がそんなことを言っても僕は気にしません。僕は、自分の役割を全うするだけなのです。
【次回予告!】
個性派揃いのモデリング部から無事逃亡した三琴君。
自分の教室へと入ると、三琴君のことをよく知る新キャラがまさかの登場!?
そんな中、突如鳴り響く謎の音、一体何が起こる!?
次回、もでりんぐ!第4工程に続く!!!
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