第38工程 それだけで、僕は、幸せでした。

 三琴君を初めて見たのは、僕が研究室を飛び出してから半年後でした。

 半年間の間は、僕を血眼で捜している連中が多すぎて、なかなか外出もままならない状態でしたが、人の噂もなんとやら、半年も経つと政府から雇われた捜索人の姿も見なくなりました。

 代わりに始まったのが、茶山陣学園で実験的に始まった【モデリングプロジェクト】。造形の技術が高い少年少女を寄せ集めて、武器を作らせて戦うというものでした。まぁ、大人が考えそうなことだなと当時の僕は思っていた。

 どんなものなのか、多少の好奇心で茶山陣学園へ侵入して中の様子を見ていたときでした。


「だーかーら、俺は入らねぇって言ってるだろ!」


 校庭で大人3人相手に喧嘩腰の少年の姿がありました。

 高等部の制服ではなかったので、恐らく中学生だろうと考えていました。


「山吹君、君は大変優秀な成績だ。その技術力でこの町を守れるんだぞ」


 大人たちはどうやら政府から雇われた、プロジェクトのスカウトマンのようでした。


「凄いと思わないか? 君の力はヒーローになれるんだぞ」

「ヒーロー? 興味ない。俺はパンダという伴侶がいるんだ」


 少年の言葉に、大人たちは言葉に詰まります。こ、こんな電波な少年が居ただなんて、当時の僕には衝撃的でした。

 今、三琴君に白状すると殴られそうですが。

 とにかく、そんな電波な少年が去り際に言い放った言葉に、僕は心が揺らいだのです。


「そもそも、造形ってさ、作って、見て、楽しむものだろ? ソレを兵器として利用するなんて、大人ってどうかしてるよ」


 そう言って三琴君は去っていったのです。

 僕の言いたくても言えなかった言葉を、あの少年は言ってくれた。それだけで、僕の心はなんだか晴れやかになっていました。

 そんな時、僕の脳裏にある計画が立ち上がったのです。



 この少年を主人公に仕立て上げて、僕の理想の物語を作ろうと……。



***


 僕が囚われて一週間。つまり、クラップス星人の計画実行の日。

 あれから、結局***さんの消息も分からず、伏し目がちな日々が続きました。

 あの性悪女は、レシピを渡してから姿を全く見せなかったのですが、


「ハロー。今日は絶好の侵略日和だね!」


 今日、久々に姿を見せてきました。声も聞きたくなかったのに。


「僕を処分でもしに来たのか?」

「まだまだ君には利用価値があるもの。だから、まだ殺さない」


 “まだ”ということは、いつかは殺されるのだろう。

 この性悪女の手によって。


「今日は折角だし、檻から出て高みの見物といかない?」


 そう言って彼女は檻の鍵を開けた。


「間近で侵略光景を見ろっていうことですか。ますます性質が悪いですね」

「えー、最期の瞬間は見せてあげようっていう優しさだよ。私なりのね」


 ニッコリと笑う彼女に怒りしか出てきません。


「で、僕を何処に連れて行こうというのですか?」

「茶山陣学園高等部」

「……どうして其処なんですか」

「それは行ったら分かるよ」


 そう言って、彼女は持っているスマホらしき端末を操作すると、瞬く間に高等部校舎の屋上へと移動しました。


「どう? クラップス星人の技術力を持ってすれば、これくらい簡単なんだから。そして、下を見てご覧?」


 彼女に促されて僕は屋上から下を見ます。すると、クレポンを巧みに操るクラップス星人とその周囲には倒れている軍人さん達。まるで地獄絵図のよう。

 モデリング部の部員さんたちも圧され気味で、なかなか厳しい戦闘を強いられているようです。


「君から貰ったレシピどおりに作った強化型クレポンの実力は如何かしら? 強すぎて、地球人なんて屁でもないわ。これも全て君のおかげよ。君は、これだけの破壊力をもつ兵器を作り出した」

「やめてくれ……」


 彼女の言葉が僕の心をゴリゴリと抉る。

 もう、やめてくれ。僕は唯、夢をかなえるモノを作りたかっただけなんだ。



「夏水!」


 僕の心が磨耗していく最中、三琴君の声が聞こえたような気がして、僕は振り返ると、そこには三叉槍を持った三琴君が立っていた。


「み、三琴君!」


 僕は驚きで目を見開いた。

 なんで、君がこんな所にいるんだ。


「予想通り来たね。三琴君」


 彼女はいつも通りの笑顔で三琴君を迎える。

 もしかして、三琴君を手中に収めるために僕をここに連れてきたのか?


「夏水を返せ」

「返す? 別に三琴君の所有物じゃないよね? それに、彼は三琴君を勝手に主人公にしちゃった悪い人なんだよぉ? 悪い事をする人は……」


 彼女はいきなり、僕の首を片手で掴み、グッと締めてきた。


「ぐっ……」


 気管を確実に締め付けてきて息が出来なくてもがく僕を屋上の端へと運ぶ。チラッと下を見ると足は宙に浮いていた。


「罰を与えないとね」

「夏水!」


 彼女は巧みに三琴君をそちら側と誘導する気だ。罠なんです、逃げて、三琴君。


「み……こと……く……、わ……です。に……」


 気道をふさがれて上手く言葉がつむげない。


「夏水を解放しろ」

「解放してもいいよ? その代わり、分かっているよね?」


 やはり、この性悪女は性質が悪すぎる。三琴君、僕のことなんていいんです。逃げてください。

 でも、彼は逃げたりしなかった。


「菜音。一つお前に言っておきたいことがある」

「んー? なぁに?」

「俺は……、この話の主人公になってよかったと思ってる。例え、夏水が勝手に書き換えた話だとしても」


 え?


「は? 何をいきなり言っているの? 三琴君、頭大丈夫?」


 彼女は呆れたような声で返す。


「だから、こんな俺を主人公に選んでくれた夏水に感謝している。夏水を助けたいと思っている。夏水。お前が俺を信じてくれるというなら手を伸ばせ。赤い点線の中で閉じこもってないで、出てこい! お願いだ。お前は、俺の手を掴んでくれるだけでいいんだ」


 三琴君はそう言ってゆっくりと手を差し伸べてくれた。逃げて、殻に閉じ篭った僕を、何も疑わず助けてくれようとしてくれている。でも……、


「夏水?」


 ごめんなさい。僕は君の手を取ることは出来ない。それだけ、僕は悪いことをしてしまったのだから。


「あーあ、つまんなぁい。私の目立たない舞台なんて。もう、交渉決裂ね。サヨナラ」


 彼女はそう言って、絞めていた手を解きます。

 僕は重力に引き込まれ、落下していきます。


「夏水!」


 三琴君、これで良かったんです。こんな恐ろしい兵器を生み出してしまった僕は消えたほうが平和になるんです。

 僕は居ても居なくても良かった存在。そういう位置づけだったのです。



 でも、そんな僕を三琴君は赦してくれた。



 それだけで、僕は、幸せでした。

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