■夏水聡の場合

第37工程 「嫌です」

 さて、何処から語ろうか?


 ソレは僕のたった一つの夢から生まれた。

 “作り手の思いを叶えられる粘土”それが最初のコンセプトだった。

 15歳の時に、そんな粘土を作るプロジェクトに企業も協賛してくれて、僕は懸命に研究に明け暮れたんだ。

 様々な人の協力のもと、試行錯誤して、やっと形になりつつあった。そんな時に、


「この試作品を是非、政府が拝見してみたいと言ってきてな。いいだろうか?」


 僕のパトロンになってくれている***さんが、ある日報告に来た。


「ほ、本当ですか! ありがとうございます」


 でも、何故政府が僕の粘土を見たいんだろう? とその時、ふとした疑問が頭を過ぎった。


 思えば、その時、***さんに聞いていた方が良かったのかもしれない。

 政府に僕の粘土をお披露目した後、クレポンとして兵器利用されたのは、案外早かった。


「どういうことですか! アレが兵器利用されるだなんて。僕は聞いていないですよ!」


 そのことをいち早く知った僕は、急いで***さんのもとへと駆け込んだ。


「S、凄いことじゃないか。政府に認められたんだぞ。素晴らしいものだって」



 認められた? 違う。僕が望んでいたのは、こんな展開じゃない。



 クレポンの登場によって、戦いはさらに激化していった。

 でも、アレはまだ試作段階で不十分だった。技術力の強さで武器としての完成度の差が生まれてしまうという欠点があったのだ。


「政府からお達しがあった。この欠点を何とか克服できるように改良できないか?」

「嫌です」

「S。お願いだ、頷いてくれ。私、いや、我が社の運命を左右する重大な案件なんだ」


 スポンサーになってくれた会社は、次第に会社経営の雲行きが怪しくなり始めていた。売り上げの伸び悩みも一つだったが、僕のプロジェクトに対する出費が段々嵩んでいくのが第一の要因だった。

 だから、スポンサー会社は政府にアレをどんどん売り出して、援助費用を貰わないと。最悪、倒産しかねないとさえ思っているのだ。

 なんとしてでも、例の欠陥は直さないといけないという訳だろう。

 僕は、そんな黒いものが見え隠れする現状がとても嫌いだった。


「プロジェクトをここまで支援して貰った貴方にはとても感謝しています。でも、僕は兵器利用されるだなんて思ってもみなかった。このまま兵器として利用されるぐらいなら、プロジェクトから外れます」

「S。言う事を聞いてくれ」

「嫌です」


 ***さんを始め、周囲からプロジェクトから離脱しないでと必死に説得された。でも、皆、僕のことより、アレのことばかり気にするのだ。

 大人たちは、僕のことを夏水聡としては無く、クレポン開発者のSとしてしか見てくれない。僕のことよりアレのことの方が重大事項なんだと気づかされたとき、僕は、置き手紙を出して研究室を出た。

 アレのレシピをその手に抱えて。



***

「ご機嫌、如何かな?」


 クラップス星人のアジト。僕は、まるで小鳥かのように、籠の中に入れられていた。

 スパイだった彼女がニコニコしながらこっちを見る。


「おかげさまでね」


 僕は、不満を今すぐ爆発させたい気分だったが、下手に暴れると、両手両足を拘束されてしまうので我慢をする。

 というか、さっきまで拘束されていて、解放されたばかりなのだ。


「言いつけを守る子は好きだよ。さて、もう一つ、言いつけを守ってもらわなきゃね?」

「クレポンのレシピなんて持ってないですから」


 僕はそう言って彼女を睨みつける。すると彼女は何を思ったか、針のような鋭い剣を取り出し、僕の太ももに突き刺した。


「ぐっ……」

「どう? これでも言いたくない?」


 彼女はグリグリと刺した所を弄ぶ。痛みで僕は声すら出ない。


「言いたくなったんじゃない?」


 彼女の問いに僕は首を横に振る。すると、2本目が今度はふくらはぎに突き刺さる。


「言わないと、どんどん増えちゃうよ?」


 彼女はキャッキャと笑う。今気づいたが、コイツ、鬼以外の何者でもない。


「ぐ……だ……」

「あー、ごめんごめん、痛かったら声も出ないよねぇ。今、取ってあげる」


 そう言って、彼女は勢いよく剣を引き抜く。僕は抜かれた時のさらなる痛みでさらに悶絶する。


「さぁ、言ってごらん?」

「レシピ出すよ」

「フフッ、最初からそう言えば良かったのに」


 やっぱコイツ性格悪い!


「レシピを渡す前に、一つ教えてよ。何で僕の正体が分かったの?」

「そんなの簡単なことよ。吐かせただけ」

「吐かせたって、誰に?」


 彼女は僕のその問いを待ってたとばかりに口角を上げる。


「彼に、吐いてもらったの」


 彼女が指を鳴らすと、僕の目の前にあわられたのは、

 絶望したような顔でコチラを見ている、***さんの姿だった。


「!!! そんな……」

「感動のごたいめーん」


 無邪気に彼女が笑う。僕は、***さんの顔から目が放せない。


「特殊な液で固めてるけど、生きてるよ。一応ね。彼に君の本名を聞いたの。全然吐いてくれなかったから、固めちゃった。後から勝手に記憶を覗いて判明したんだけどねー」


 なんて、惨いことを。


「はーい、話したから、レシピをこっちに頂戴な」

「……ついでに要求追加です。この人も解放してください」

「えー、夏水君は我侭だなぁ。でも、いいよ。私、優しいから。彼を解凍室へ連れて行きなさい」


 彼女の一言で手下と見られるクラップス星人が固められた彼を何処かへと連れて行く。


「その約束必ず守ってくださいよ」

「大丈夫。クラップス星人、嘘つかない」


 彼女の言葉がイマイチ信用できないが、微かな望みを信じて、彼女に持っていたレシピを渡した。



 ごめん、三琴君。いつか面と向かって謝りたいのに、それも出来そうにありません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る